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術師たち  作者: 二月三月
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第八話 霊魂の籠る壷(3)

 カイロ空港についた。


 壷の入った箱とスーツケースをガラガラと引きながら通関する。


 ちょっとは止められるかと内心ドキドキしていたのだが、パスポートをチラ見した審査官が「ジャパニーズ?」と問うたのに反応して首肯くと、アゴをしゃくって出口の方を指された。


 割といいかげんだなあ、と思って、他のレーンを見ると、いろいろ細かくやりとりしてるみたいだ。


 ふーん、日本人ていうのは、意外と信用あるのかな?


 ゲートを突っ切って、きょろきょろあたりを見回しながら歩いていたら、「AKIHA SUE Welcome」というボードをかざしたおじさんがいた。


 スーツを着こんだ赤ら顔のおじさんは人待ち顔である。パスポートを開いておじさんの目の前に突き出すと、写真と私の顔を交互にせわしなく見つめたおじさんが、得心したように破顔した。何か異国の言葉を早口でまくし立てて、私についてこいと手振りで合図する。


 どうやら正解らしい。私はアルカニックスマイルを顔から消さないように極力気をつけて、おじさんの後ろに付き従った。


 おじさんは早々に私の手から荷物を取って、ずんずん先に進んでいく。空港の玄関を抜けてロータリーのすみに駐めてあるリムジンの後ろにつくと、慣れた手つきでトランクを開けた。おじさんが荷物を積みこみ、私に向かってうやうやしく後部座席のドアを開けた、ちょうどその時である。


 聞き覚えのある声が私を呼んだ。


「アキハさ~ん、アキハさん、ヨカッタ、アキハさん、ホンモノ、アエタ、ウレシイ」


「シモン」


 本当にびっくりした。何でいるの? シモン?


 シモンは、どこの国のものともわからない言葉でおじさんに語りかける、途中、何度も私の方を指差しながら。しょうがないので、私もへらへら笑いを浮かべながら、適当に肯き続けた。最後におじさんが、やや不審気な顔で、私に問うた。


「イズ ヒー ユア フレンド?」


 イエス、と答えて、大きく首を縦に降ると、ようやくおじさんは納得したようで、リムジンの運転席に乗り込んだ。


「ヨカッタ、ヨカッタ、アキハさん、ミツカッタ、トテモヨカッタ。シモン、シアワセ」


 リムジンのリアシートに私と一緒に腰掛けたシモンは安堵のため息をついた。あのね、シモン、そんな風にされても困るんだけどさ。だから…


「何があったの? シモン?」


 いろいろ聞きたいことはあるが、要約したらこうなった。


「シュンコさん、タイヘン、アクマだよ、シュンコさん、アクマトリツカレタ」


 何ぃぃぃ? シュンコウさん?


 シモンだけでも、びっくりなのに、シュンコウさん、て何だよ?


「落ち着いて、シモン。シュンコウさんがどうしたの? アクマ、ってどういうこと?」


 まあ、あの糞オンナがアクマだっていうのは確かだが、それにしてもどういうことなんだ?


 いちおうシモンとの会話は片言ではあるが日本語である。運転手のおじさんに日本語がわかるとは思えないし、少し騒いだぐらいなら、たいしたことはないだろう。


「シュンコさん、アクマニナッタ」シモンは打ちひしがれている「ハシノウエノボッテオリテコナイ」


 シモン…。


 気が動転しているのはわかるんだけど、できればもう少しわかりやすく説明してくれないかなぁ。


「や、災難だったな」


「サンタ!」


 思わず声を上げてしまったが、サンタがシモンと私の間に降ってわいた。


「サンタさん、コンニチハ」サンタの突然の出現にも、シモンは驚きもしない「サイナンは、シュンコウさん」


「そのとおりだよ、シモン」なぜかサンタはシモンに優しい「あれは動き回る災難だからな。それでね、アキ姉さん」


 急にサンタは私に話をふる。


「ホテルつく前に、シモンに言って、どこかで革袋買ってくれる? もしあったら、ひょうたんのほうがいいかなあ。実は何でもいいんだ。遠目に酒が入って見えるようなものならなんでもいい」


「何よ、それ?」


「だから、何でもいいんだよ。それっぽく見えれば。シモン、アキ姉さんをよろしくな」


「ヒキウケマシタ」


「何がよろしくなんだ、あ、こら待て、サンタ」


 サンタは言いたいことだけ言うと、現れたときと同じように忽然と消えた。サンタはいつだってこうだ。


 正直、なんだかよくわからなかったが、シモンからおじさんに通訳してもらって、適当な雑貨屋の前で降ろしてもらった。サンタの説明で、シモンはだいたいの見当がついたらしく、あれこれ品定めしていたが、豚の子供が入るのじゃないかと思うほどに大きな、吸い口付き革袋を購入した。店の人にたのんで水を入れてもらっている。


 再びリムジンに乗り込んで、しばらく市街を流してラムセス・ヒルトンの玄関前についたとき、車から降りた私の手をシモンが引いた。


「チガウ、アキハさん、コッチ、コッチ」


「え、でも…、ホテルは…」


 カイロ・ラムセス・ヒルトン。エジプト中でも屈指の高級ホテルと賞賛される理由は、近代的な高層建築としての優美さもさることながら、ナイル川の辺りに屹立するその立地の良さも見逃せない。


 世界三大大河を冠するナイル、その河口にかかる高架橋に、今日は何故か一群の人だかりがあった。


 橋の欄干に儲けられた照明によじ登って奇声を発する者がいたのである。


「こらぁ、酒持ってこんかぁ、酒だあ」


 鈴懸をもろ肌脱いで乳ほり出した女が欄干の照明灯の上で大声を上げている。


 珍しくパンツはいてるのが不幸中の幸いだ。


 一瞬で、すべてを察した私は、シモンに向かって右手を差し出した。


「シモン」


「ハイ、アキハさん」


 シモンはさっき買ったばかりの水入り革袋を私に差し出した。それを高々と掲げて頭上の脅威に語りかける。


「シュンコウさ~ん、持ってきましたよー」


 おお、と声があがり、照明灯のそれはするすると猿のように私の目の前に降りてきた。


「アキ~、いい子だなぁ。お前は」


 そう言って微笑むシュンコウさんは、革袋を渡すと、ひしと抱きとめて頬ずりした。


 シュンコウさんは欄干に腰掛けたままだったので、両の手で思いきり胸を押した。


 彼女の体は、かき消すように私の視界の外に出て、数秒後、はるか下の方で水のはねる音がした。


 そして、


 一連の顛末を見守っていた群集の中から、人知れず喝采が沸き起こったのである。




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