第八話 霊魂の籠る壷(2)
壺は箱に入って、私のとなり、ビジネスクラスのシートに専用の器具で固定されている。
私のもらった航空券はペアチケットで、最初はキョージュと二人かと、ぞっ、としたのだが、片方が壺の分だと知って安心した。
まあ、仕事とは言え、海外旅行だしなあ。海外はタイに格安旅行で一度行っただけだし、飛行機でこんなゆったりした席に座るのなんて初めてだ。カイロにはパリ経由で入るのに、シャルル・ドゴール空港から一歩も出られないというのは嫌がらせ以外の何物でもないと思うが、宿泊先がヒルトンだというので許してやることにする。
窓の外を見てみた。
雲海の上に陽の光りがきらきらと反射している。雲がなければ海だろうが、正直飽きるな。まだ離陸直後のほうが面白かった。着陸のころに、また眺めればいいか。
壺は思ったよりおとなしい。いわくつき、みたいなことをソンコさん言ってたけど、気のせいじゃないのかなあ。
「何だ、仕事押し付けられてぶすくれている、って聞いてたのに、意外とごきげんじゃん」
口をあんぐりと開けて思わず声を上げそうになった私に向かって、サンタは自分の唇に指を当てて見せた。
「さわぐなよ、アキ姉さん。壷が乗っけてあるだけの座席に話しかけたりしてたら、まわりの人にイロイロ心配されるよ」
生霊のサンタは半透明の体で壷の固定されたシートに腰掛けていた。あぐあぐと声も出せずに口だけ動かす私に、サンタは、その通り、といわんばかりに肯きつつ語りかける。
「そうそう、その調子。やればできるじゃん」
いきなり上から目線のサンタに、不本意ながら声をひそめて、短く問うた。
「何しにきたのよ?」
そう、それなんだよねぇ、と、サンタは他人ごとみたいに笑いながら話す「ソンコさんさぁ、ロクに説明もしないで、アキ姉さんに壷押し付けて飛行機乗せたでしょ。そんなんで引き受けるアキ姉さんも、それはそれでどうかと思うけどねぇ。まあ、それは置いといて、と。ぶっちゃけた話、向こう着いてからどうしたらいいかわかんないでしょ」
うむ、確かにそうだ。壷とサンタは同時に見据えつつ、サンタの話を聞く。
この壷をエジプトに持っていくトコまでは聞いているが、その後どうしたらいいのか、まったくわからない。
「アキ姉さん、アラビア語、話せる?」
全力で首を真横に振る。
「古代エジプト語、は…、聞くまでもないとして、英語は?」
「ハウ、マッチと、サイトシーイングと、リコンファーム、マイ、フライト」
「そりゃ、素敵だ…。術師会のほうでガイド用意したんで、現地着いたらガイドの指示に従って」
「ガイドって、通訳?」
「それもコミコミで、目的地までちゃんと案内してくれるから。ま、俺もちょくちょく顔出すから安心していいよ」
サンタ、あんたのドコを見て、私は安心すればいいんだよ。
「じゃあ、そのガイドさんにはサンタが引き合わせてくれるんだね」
「何で?」サンタは、うすぼんやりと霞がかかったような表情で、訳がわからないという顔をしてみせた「そこまで面倒見れないってば、ここまで飛んでくるのだって、けっこう疲れるんだよね。気が向いたときに顔見せてあげるから、それで勘弁してよ」
「だからぁ」私は思わず声を荒げてしまった。ななめ前のオジサンが、びくっとしたのであわてて声のトーンを落とす「ガイドってどうやって探すのよ。こっちは顔も知らないのに」
え? とサンタが間抜けな顔で、まじまじと私を見返した「知ってるだろ、相手の顔は」
知ってるって、何? 当然、そうたずねようと思った瞬間に、サンタの姿はかき消えた。
サンタはいつだってこうなのだ。
空になった座席で、壷が、るる、と歌った。
サンタも壷も、いけすかない。