第七話 小鬼の棲む白塔(10)
庭に出た途端、響くエンジンとタイヤの擦れる音。
しまった、車だ。
「アキハさん、これ」
窓から半身を乗り出したキョージュが、小さく光るものを投げてよこした。
車のキー。
「早く、僕も行きますから」
コブラの運転席に飛び乗ってキーを差し込む。
フォードSOHCーV8エンジン、400馬力オーバーの振動が地を轟かす。
「どれぐらい離されても大丈夫ですか」助手席にヒラリと舞い降りたキョージュが問う。
「あんまり強くないけど」ハンドルを回して私道に出る「シュンコウさんのクセが残ってるから、2キロぐらいはいけるかな」
「十分です。付かず離れずでお願いします」
追跡は思ったより楽だった。
信号にかかるとキョージュが片っ端から青にしていくので、信号待ちのストレスもない。
「これってどうやるんですか」キョージュに問う。
「え? どうやるって言われても」キョージュは言葉をにごす「僕、封じるのは苦手なんですけど、開封系は得意なんです」
どうやらキョージュ本人にも、どうやっているのか詳しいことはわからないらしい。変なヤツ。
一度、他の車をはさまずに後ろにつけたら、泡をくって、はじかれたようにスピードを上げた。
おおい、お姉さん、そんなスピード出したら捕まるぞ。
「追っかけますか?」いちおうキョージュに聞いてみる。
「煽るのはやめてください」
ああ、そうですか。
気配のたどれるぎりぎりまで距離を開ける。こちらの車影が見えなくなって安心したのか、向こうの車はスピードを落とした。
「東京に逆戻りですか。この線だと」
「あるいは、その先かも」
不吉なこと言うなよ、キョージュ。
「ん、ああ、冗談ですよ」私の表情に気づいたらしいキョージュが、あわててとりなす「向こうも車で来てるんだし、その程度の距離です。行っても東京まででしょう」
「キョージュ」
「はい」
さっきから気になっていたことをキョージュに問うてみる。
「あの、広畑、って人が水晶の中に閉じ込められたから、呪物になったっていうのはわかるんですけど、こんな一生懸命追わないといけないものなんですか? アレ、呪物としてはたいしたことないですよね」
「おっしゃるとおりですが」キョージュが暗い顔で答える「逆に言えば、まったく力の無い空っぽの水晶ですら、広畑氏の思い込みで、こんなことにまでなったわけです。まして、微力とはいえ、本物の呪物になったのなら、もっと面倒を引き起こすとは思いませんか?」
「ああ」
「現にこうして奪い去ろうとまでする輩もいるわけですし」
「あれは、最初から狙ってたんですか。その、ノーム・イン・ザ・クオーツを」
「かも、知れません」キョージュは言ったが、あまり自信はなさげだった「広畑氏が誰かに漏らした話に尾ひれがついたか、あるいは聞きかじりの知識から、広畑氏に目をつけたものか。いずれにしろ、あの水晶に力が無いらしいのは気づいていたようなので、どうにかして力が戻った後に奪おう、そんな感じですかね」
「じゃあ、ショミちゃんの件は、あのお姉さんの雇主が黒幕?」
「うーん、そんなとこですかねえ」キョージュは渋い顔だ「ショミさんのことは、少し業界に詳しい人間なら誰でも知ってることですけど、バックがアレすぎて普通は手なんか出しませんからねえ。黒幕と言ってもその程度ですから、まあ、素人に毛がはえたぐらいかと」
「素人、って怖いんですね」
「はい、素人さんは、本当に怖いです」
本当に東京まで戻ってきた。
ここ三日で、東京ー軽井沢間2往復。しかも車で、勘弁してほしい。
市街に入ったので、距離を詰める。
横にホテル・ニューオータニを見ながら、車を走らせる。ケーキバイキングおいしかったな。
向こうは車をおりたようだ。移動速度が極端に落ちる。
「着いたみたいですよ。ほら、あそこ」
道沿いに車を走らせながら、塀の向こうの建物を顎で指す。
国会議事堂。
白亜の建物は、陽に赤くそまり、その尖塔を空に向かって突き立てていた。
「じゃあ、帰りますか」キョージュが言う。
「尻尾巻いて逃げるの?」
「まさか」キョージュは笑った「あそこは日本中でいちばんシガラミの多いところなんですよ。言わば因果の大寄所、我々がいちばん手を出しやすい所です」
キョージュは路辺に車をよせさせ、私と運転を交替した「ね、小鬼たちの棲家にふさわしいと思いません? 一匹まぎれこんでも、いや、二、三匹ぐらい居なくっても、誰も何とも思いませんよ」