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術師たち  作者: 二月三月
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第七話 小鬼の棲む白塔(9)

 

 二時よりはかなり早く着いたのだが、キョージュは例の別荘には向かわず、近くの喫茶店に入った。


「ここの林檎パイはおいしいんですよ」などと言いながら、動く気配がまったくない。林檎一個がまるごとはいったパイはおいしかったが、いいのかな、と思いつつカモミールティーの二杯目を頼んだ。


 もう三時だな、と思うころ、キョージュがすっかり冷えたエスプレッソを飲み干して、立ち上がった「そろそろ行きますか」


 別荘に着くと、玄関の呼び鈴をならし、応答もないのに勝手に入る。


 どこから連れてきたのかな、と思うほど、場馴れしていないスーツ姿のお姉さんに案内されて、ショミの居た隣の部屋、金庫のある部屋に通される。


 キョージュの予想通り、広畑卓はそこにいた。


 老人、といっていい年齢のはずだったが、広畑氏の皮膚はわざとらしいみずみずしさで顔に張りついており、見ようによっては壮年の実業家と言えなくはなかった。別の表現をすれば、人間というよりはマネキンに見えた。


「急に呼び立ててすまなかったね」広畑氏は言い、右手を差しだし握手を求めた。


「時間もないようですし、用件からお願いします」自分で遅れてきたことには触れず、キョージュは自分の利き手を相手に委ねることもしなかった。


 よろしい、そう言って広畑氏は金庫の前に立ち、番号をインプットすると照合機に右手の中指を当てた。


 金庫の扉を開け、中身を取り出す。


「どう思うかね」広畑氏は手に水晶の塊を持って、問うた。


「ガラクタですな」キョージュがそっけなく言う。


 突然、広畑氏は笑いだした「術師会で最高の男と聞いていたのに」哀れむような顔つきでキョージュを見下す「とんだマヌケだ。この水晶の価値もわからんとは」


「ガラクタはガラクタです」キョージュは怯まない「もっとも、あなたが購入される寸前までは、ある程度の力はありましたが」


「何だと」


「あなたは金銭については、ある種のこだわりをお持ちのようです。ものには相応の金額を払うべきだ、とね。それはあなたの信条でしょうし、私がとやかく言うことではない。しかし、一方で、ノーム・イン・ザ・クオーツの取引にはルールがある」


 キョージュが水晶の名を正確に言い当てたことで、広畑氏の顔に動揺が走った。キョージュはかまわず言葉を続ける。


「五千万円は高すぎました。もし本当にノーム・イン・ザ・クオーツを手に入れたいのであれば、あなたは30セントより多い額を払うべきではなかった」


「これは本物だ」


「そう、本物でした。あなたの手に入った途端に小鬼は逃げた」


「嘘だ」広畑氏は叫んだ「これは俺に富をもたらした。本物だ」


「錯覚ですよ」キョージュは淡々と語る「その水晶を手に入れる前に、あなたの事業は傾きかけた。当然でしょう。あなたは商売に自分のルールを持ち込んで決して曲げなかった。だが、そんなやりかたは長くは続かない。迷いが生じるんですよ、普通の人間は、間違ったことを長く続けることができないんだ。だからあなたは小鬼を買った。五千万円というのは、あなたの良心の値段です。だから、低い額をつけることができなかった」


「しかし、俺を負かそうとした奴らはみな死んだ」


「当たり前です。あなたが殺したんだから」キョージュは、そう言い切った「そして、それを小鬼のせいにしただけです。あなたの会社が持ち直し、それが大きくなったのも、あなたがもとのあなたに戻ったから、それが良いことだったかどうかまではわかりませんが」


「俺は、浩一に全てを譲るつもりだった」広畑卓はからっぽの水晶を抱きしめる。体が震えている「この水晶さえあれば、幸せになれる、だからこれを浩一に」


「浩一さんは亡くなりましたよ」そう言ったときだけ、キョージュは少し悲しそうに見えた「あなたに望むことは、とくに無いそうです」


 絶叫とも咆哮ともとれぬ、長い悲鳴が響いた。それでも広畑卓は水晶を抱きしめ、離さなかった。


 その時。


「よーし、そこまでだ」


 扉が開け放たれ、現れた者がいる。


 シュンコウ、さん?


「話は聞かせてもらった」


 ギプスで固めた脚を、まるで長靴でも履いているごとくに扱って、ドスドスと歩いて部屋に入り、諸肌脱ぎになった。


 え? 珍しくサラシ巻いてる?


 部屋中の人間が、呆気にとられて見まもる中、シュンコウさんは、まっすぐ右手を繰り出した。


 右手?


 前方の空間がねじまがり、広田卓と水晶を包み込むように回転をはじめた。


 シュンコウさんが雄叫びをあげる。


 空間は次第に速く、小さく回転し、球形の燃えさかる光になった。


「喝っ」


 かけ声もろとも、光は飛び散って、後には水晶だけが残った。


「よーし、よし」シュンコウさん上機嫌である「生きてる人間封じたのは、ひさしぶりだなあ、まだまだいけるよな」


「何するんですか、シュンコウさん」叫んだのはキョージュである「ただの水晶に人間なんか封じたら、呪物になってしまうじゃありませんか」


「え? ええ〜」シュンコウさんが狼狽えている「この男、封じれば良かったんじゃないの?」


 何が、話は聞かせてもらった、だ。全然、聞いてないじゃないか、あいかわらずだなあ。


 廊下から猫のように忍び込む影、広畑卓を封じた水晶を抱き抱えると、そのまま窓にダイブし、ガラスを割って逃げだした。


 さっき案内してくれたお姉さん。


「アキハさん、追って」キョージュの声に我に返った。


「僕じゃ、わからない、呪物になったアレを追えるのは、アキハさんだけです」


 机を蹴って、ガラスの無くなった窓を抜け、水晶を抱いた女を追う。



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