第七話 小鬼の棲む白塔(8)
「来たよ。来たよ」詰所に出ると、興奮して鼻息も荒いソンコさんが、話しかけてきた「広畑ホールディングスの顧問弁護士から、本部に依頼」
私とキョージュは顔を見合わせる。
「で?」とキョージュが問うた「何て言ってきてるんです?」
「軽井沢の別荘に来いってさ」ソンコさんが答える「詳細はそこで話すって、それで…」
ソンコさんは私たちの目を交互にのぞきこむ「行ってくれるよね」
私とキョージュは黙ってうなづいた。
「ありがとう」肩の荷を降ろしたように弛緩するソンコさん「ショミは家に戻すわ。あたしが見てる」
「いや、ソンコさんが家に来るほうがいいと思います」キョージュはソンコさんの提案を退けた「シモンにも頼んであるし、いちおう父にも来てもらっています。何かの足しにはなるでしょう」
「そうね、そのほうがいいかも」
「いつまで来い、と?」ソンコさんに問うてみた。
「それがね」ソンコさんはイタズラ小僧のように目をくるくる回す「今日の午後二時」
「何それ」
ちなみに今は午前十時だ。
「でしょ。朝一で依頼してきてきて、今日の午後軽井沢まで来いって。よっぽどこっちを舐めてるのか、真性の馬鹿か、どっちだろうね」
たぶん両方だと思う。
「まあ、いいじゃないですか」キョージュはもうドアに向かっている「こっちとしても、こんなことは早く片付けたいし、願ったり叶ったりですよ。行きましょう。アキハさん」
「来ると思います?」
「え?」
「広畑卓」
「そりゃあ、来ますよ」
オープントップは悪くないのだが、風がきつくて話しづらい。
「小鬼入り水晶なんて、おいそれと他人に見せられるものじゃないし、小鬼の力が弱まっているんだから、相当あせってるんでしょう。必ず来ます」
「小鬼ダメですか」
「ダメですねぇ」キョージュ、いつのまにか眼鏡の上にゴーグル着けてる。そんなことまでしなくても、ホロはずさなきゃいいだけなのに「その点については、息子さんの話を聞くまでもなかったですね。金庫開けてすぐわかりました。そうでなきゃ、ショミさんの言うとおりに回収してます」
「キョージュ、そういうのわからないんじゃないんですか?」
「いや、力解いてもアキハさん、全然、反応しなかったし、あっ痛っ」
思いっきり二の腕をつねってやった「そういうことは、私に断ってからやれ、って、いつも言ってますよね」
「ごめん、ごめんなさい、ほんと、痛っ、痛い、イタイ、イタ〜イ」
犬でも躾ければ覚えるのに、どうしてオマエは、人の言うことを聞かないんだ。
「痛いなあ、ちょっとうっかりしただけなのに、そんなに怒らなくても」
「ハンドルを離すな。前を向け。ちゃんと運転しろ」
キョージュの両手をつかんでハンドルに固定し、罵声を浴びせる。前にも言っただろ。オマエの頭は幼稚園児以下か?
息が切れそうだ。キョージュを叱ると血圧が上がる。もう場所もわかってるんだし新幹線にすれば良かった、と激しく後悔する。
バツとしてしばらく無視してやったが、何かと話しかけてくるし、よそ見ばかりしてかえって危ないので、しかたなく応対してやる。
「息子さん、小鬼に食べられそうになったとか言ってたんでしたっけ」
「なんか、そのようなこと言ってました」
「おかしいなあ」キョージュは首を傾げている「あ、そうだ。アキハさん、ちょっと本部に問い合わせて貰えます? 広畑卓がいくらであの水晶買ったのか」
「そんなことわかるんですか?」
「わかりますよ。コブさんなら、すぐだと。お願いします」
「え〜」
「お願いします。大事なことなんです」
しかたなく、バッグから携帯を取り出して本部に連絡をとる。
「あ、どうも、アキハです。すみませんけど、コブさん、お願いできますか?」
コブさんはすぐ出た。
「あーっ、はっはっはぁ、アキちゃん? あははぁ、久し振りぃ、ご指名なんてうれしいなあ、あはは。何か用?」
電話では、コブさん、いつも笑っているのだが、何でだろう?
コブさんに事情を話して水晶の値段をたずねる。
「五千万円だって、コブさん言ってます」
「その前は?」
「え?」
「前の持ち主はいくらで買ってます」
もう一度コブさんに調べてもらう。
「香港ドルで、30セント、だって」
「オッケー、わかりました」
「うん、ありがとう、コブさん、オーケーだって、またね」
「またねー。あはははは」
コブさんの笑いが止まりそうにないので、先に携帯を切った。
「広畑卓、という人も、哀れな人ですね」
キョージュがぽつり、と言った。
「そうなんですか?」キョージュがそんなことを言い出した理由がわからなかったので、軽く流した。
「いや、哀れというよりは」キョージュは思い直したようだ「馬鹿ですね。本当の、馬鹿です」