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術師たち  作者: 二月三月
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第七話 小鬼の棲む白塔(7)

 

 そのまま青木ヶ原に直行すればいいものを、途中、河口湖によってハーブ館でハーブティー飲みたい、とか言い出したヤツがいたおかげで、大幅に遅れた。


 絶対、ワザとだろ。シュンコウさん。ハーブとかいうガラか、あんた。


 ショミはニコニコしている。ラベンダーソフトクリームを三個も食べたので機嫌が悪いわけがない。確かにソフトクリームはおいしかったけど、それでまた遅れた。


 河口湖を出ようとしたら、シモンがいない。ほうぼう探したら、天然石を売っている店にはまっていた。また遅れた。


 西湖の湖面を西陽が照らし、陽光がさざなみに跳ねた。


「夕日がきれいですねえ」キョージュが暢気な事を言い出すので、首を絞めた。私に出来ることと言ったら、コイツの首を絞めることぐらいだ。


 なんだかんだで、樹海の入口についた時には、すっかり日が暮れていた。


「もう、今日は一泊して、明日にしません?」


「でも、キャンプ道具持ってきてないし」誰が野宿するって言ったよ。


 なぜか、仕事をすませてから温泉に入ろうという話になる。


 暗いから明日にしようという私の提案は無視された。


 ショミを先頭に、みんな、どんどん樹海に分け入っていく。特にギプスしたままのシュンコウさんが進む速度は異常だ。どうやって歩いてるんだ。


 こんなところで、ひとりぼっちになるわけにはいかない。必死で、みんなの後を着いていく。


「あ、ここだよ、ここ」ショミが叫んだ「アキハ、こっち来て、こっち」


 ショミに言われるまま、巨木の前に立たされた。


「じゃあ、そろそろ始めますので」


「え? いきなり? ちょっと、まだ心の準備が…」


「アキハ、こっちじゃないよ、ちゃんと前見て」


「前見ろって、何を…、…ひっ」


 木の根元、もたれかかって座り込んでいる者がいる。擦り切れた衣服を何かが来てるけど、これって…


「あ、ああ、あの…、元気…、です、か…」


 声が震える。元気な、わけ、ない、な…。手足も細いし、というか白いし、顔には肉ついてないし。


 白骨死体に語りかけると、黄色い光が、ぼう、と湧いた。


「やひ」


−−アキハってさあ、生きてる人間にとどめさすのは平気なのに、どうしてこんなのが恐いのかなぁ。


−−知らん。アキは昔っからこういうの苦手で、お化け屋敷なんて前通るだけで、失神しそうになるんだよ。男の玉蹴りつぶしたりするのは嬉々としてやるくせに。


 嬉々としてやったことはないぞ。やむをえずだ、あれは。


「あの…、すみません、ちょ、ちょっとお話いい、ですか?」


 語りかけると、光はためらうように明滅をくりかえしたが、やがて落ち着き、オレンジ色になって安定した。


 光の話は、とりとめがなく、ときどき、こちらの問いとは見当違いの話を延々と繰り返したが、辛抱強く相手をすることで、どうやら、おおよその事態は飲み込めた。


 この光の生前の名は広畑浩一というらしい。事の始まりは、広畑浩一の父、広畑卓の事業が傾きかけたことだ、とオレンジの光は語った。


 広畑卓は、辣腕でならした経営者で、その強引な手法は、卓の会社にそれなりの利益をもたらしたが、かなりの数の敵も作る原因となった。それでも景気の良いうちは、たいした影響はなかったが、経営状態が悪化すると、一転、そのライバルたちは卓を攻撃しだし、あわや倒産寸前まで追い込まれたのだという。


 その時に倒産していれば良かった、と光が言った。もし肉体があったなら、浩一は、自嘲ともとれる笑みをこぼしていただろう。


 しかし、広畑商事は倒産しなかった。卓がおかしな水晶を見つけてきたのだ。奇妙な影が巣食う、その水晶のために、卓は巨大で頑丈な金庫を買った。


 卓の商売敵は皆、変死した。商売のほうは、やることなすことが全て当たった。金が涌き水のように湧いて出た、と光は言った。


 浩一自身は、広畑ホールディングスの専務に収まり、形だけの役職の代わりに、膨大な手当てが与えられた。いや、俺の仕事はちゃんとあったんだ、と光は言いながら赤々と明滅した。


 ずっと順調だった広畑ホールディングスの経営が、じわじわと縮小をはじめた頃、浩一は父の卓に呼ばれた。卓は、内部で影の踊る水晶を前に、息子の浩一に告げた「小鬼がお前を欲している」と。


 浩一は、その瞬間に全てを悟り、父と水晶の前から逃げ出した。


 浩一の、広畑ホールディングス専務取締役 広畑浩一の仕事は、水晶の中のモノに喰われることだったのである。


 浩一は父の手の者から逃げまくり、各地を転々とした後、この樹海で事切れた。自殺ではない、と思ってくれ。光は弱々しく言った。ただ、疲れただけなんだ。


 最後に、アキハは問うた。


「お父さんをどうして欲しい?」


 どうでもいい、と光は言った。父の事はもう何も考えたくない、と。


「あなたのことは、どうして欲しい?」


 光は二度、自分の骨のまわりを巡った。埋めてくれないか、日当たりの良い、できれば花のきれいなところがいいな、それ以上の望みはないよ。


 光は消え、あたりは漆黒の闇につつまれた。



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