第七話 小鬼の棲む白塔(5)
龍に誘われるまま、別荘に入る。
日の出前に着けたのは幸いだった。もっとも、ここまで来たら、天上に龍が張りついていなくともわかったかもしれない。
午前五時だというのに、その別荘は煌々と灯りが漏れだしていた。悪事を働くやつらは、闇が恐くてしかたないのだ。
「見たとこ、三人ですかね」潅木に潜んで邸内をうかがいながら、キョージュに言う「部屋の中には、もう少しいるかもしれませんけど、出てこなければ関係ないでしょう」
「ショミさんは?」キョージュが問う。
「ここから右手の奥の部屋」キョージュの耳許で囁く「裏からまわって窓でも割りますか?」
「正面からでいいでしょう」キョージュは答えた「別に、こっちは悪いことしてるわけじゃないし」
キョージュは、無造作に、玄関に立つとノブをまわした。この男に、鍵というものは用を為さない。
廊下に男がいた。
二歩飛んで後ろにまわり、裸締めの要領で男の首を90度捻じる。
無言で崩折れた男を見て、キョージュが問うた「死にました?」
「んー、たぶん」私は小声で答えた「手応えはあったから、少なくともしばらくは息をしないと思う」
「それなら安心です」
奥の部屋の扉をキョージュが開けると同時に、突進した。
最初の一歩が、そのまま踏み込み脚になり、半身を捻って、片方の見張りのみぞおちに右肘を食い込ませる。
前にキョージュに躱された技だ。
気を練ったわけでもないのに、あっけなく見張りは壁にすっ飛んでいった。
普通は、こうだよなあ。
残った見張りは、驚く余裕もないらしく、唖然としていた。挟み込み二段蹴、プロレス技でいうところのフランケンシュタイナーを喰らわせると、ゴキッと、首に鈍い音を残して床に突っ伏した。
「アキハぁ」制服のショミが飛びついてきた「ひどいよぉ、遅いじゃない、お腹減っちゃったぁ」
あ、ああ、そうだね、ショミちゃん。私もお腹すいたよ
「じゃあ、帰りますか」気の抜けた顔でキョージュが言う。
「あ、そうだ」ショミが言った「隣の部屋に変なものあるよ。金庫の中」
ショミが言うんだし、しょうがない。
キョージュに部屋のドアを開けさせると、前も見ずに飛び込んだ。
まわし蹴り一旋。
男は壁に頭からあたり、血糊を残してずり落ちた。
「金庫って、これ?」キョージュが指さす。
「そうだよ」
ショミが答えた途端、金庫の前のデジタル表示窓が怪しく数字を変え、その後、扉が勝手に開いた。
「ノーム・イン・ザ・クオーツかあ」キョージュは金庫の中身を一瞥すると、ハズレを引いたような顔で言った「もう小鬼の力はほとんどないみたいですね。破器する必要もないでしょう」
高さ五十センチほどの天然水晶の中に、小さな影が揺らめいている。水晶の中の小鬼。持ち主の願いを何でも叶えるという例のアレだ。
「持ってく?」ショミが問うた。
「いや、そこまでしなくても」
私たちは、車の真上に龍を侍らせたまま、帰途についた。
バックシートでショミとくっついて寝た。運転はキョージュにさせた。うとうとしていると、寝物語にショミが事の顛末を話しだした。
下校途中、両脇から腕を掴まれ、車に連れ込まれそうになったので、とりあえず捕まれた腕を捻って折ったのだそうだ。
「二人とも?」
「二人とも」
そこで残りの一人にネットガンを打たれて、捕獲ネットをかけられたんだそうだ。どうする気だろうと思って、ネットを被ったまま、ぼーっ、としていたら、手を折られた二人が、ショミを車に運び込もうと無事な手でショミを抱えようとしたらしい。
「あんまり必死だからさあ」あくびまじりにショミが言う「なんか、かわいそうになっちゃって」
「見ている人とかいなかったの?」
「たまたま、人通りがとぎれてたみたい」ショミが鼻をすりつけてくる「悲鳴でもあげれば、良かったんだろうけどさあ。おかしくてね、笑っちゃったんだよ」
別荘に来てからは、外には出られなかったが、比較的自由にさせてもらっていたらしい。
「見張りが近くに来たときに構えをとると、ビクッ、てするんだ。おもしろかった」
食事も出たらしい、レトルトっぽいフルコースだったそうだ。
「スパイ映画のシーンでも狙ってたのかな。007とか。でも、おいくしくなかったんだよね〜」
食事が終わると、爺さんが来たんだそうだ。
「だらだらしゃべってたけど、短くすると、息子を探せって言ってたみたい」
「で、探したの?」
「まあね。死んでたけど」
爺さんには、死んだとは言ってない、とショミは言った。適当にはぐらかしたそうだ。まあ、正解だな。
ショミの頭が私の肩にのる。いい匂い。若い子っていいな。
朝日を車窓に感じながら、ショミと私は眠りにおちた。