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術師たち  作者: 二月三月
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第一話 死者に会う呪術(6)

 

「大丈夫? 大丈夫ですか? アキハさん」


 ぴたぴたと頬を叩く感触。


 目を開けて、最初に映ったものは、銀斑眼鏡をかけた顔。


「ひっ…」


「良かった。目を覚ましてくれて、一時はもう間に合わないかと」


 間に合わない、だと?


 起き上がろうとしたが、体が動かない。


 辛うじて動かすことのできる頭を横に向けると、例の箱。


「けひゃっ」上ずっておかしな声が出た。


 畳の上に寝かされている。私も箱も。しかも、その箱は…


「いいですか〜、アキハさ〜ん」アイツが左手で箱を指しながら話掛けてくる。そしてアイツの右手には抜き身の村正。


「いまからね〜、光りますから、この箱。それで、するするする〜、っと何かが出てくるんで」身振り手振りを交えて説明している。コイツは小学生か?「出てきたところをコレでバッサリです」手にした村正をちょんと振った「ね? 簡単でしょ」


「違う、違う、違う〜」


「え? 何? わからない? 僕の言ってることわかります?」


「光ってる、光ってるぅ、もう、光ってるのぉ」


 青白い光は既に箱から50センチほど立ちのぼり、蛇が鎌首をもたげて獲物を探すように揺らめいていた。


「光ってるって、こんな感じに、ぼわぁ、っと?」


 箱のそばによって二まわりほど外側を手で囲う仕草をする。


「違う、上、もっと上、上から回り込むように、来る、わぁ、来る」


「上って、こうですか?」


 箱の上から放物線を描くような仕草で寝ている私の胸の上に手をまわす。箱の中の何かがその仕草に乗ってこちらに来そう。


「来てない、そこまでは、来てないぃ、まだ途中ぅ」


「途中って、このへん?」


「まだ、まだまだ」


「じゃ、このへん?」


「そ、そう、そのへん、そのへん、早く、早くしてぇ」


「まだ、だめ」にべもない「箱から中身が抜けきらないと逃しちゃいますから」


 光は次第に膨潤しつつ、ゆっくりと、しかし確実にこちらに向かって進んでくる。


「ね、お願い。近衛さん。お願い。さっきみたいに動けるようにして、ちゃんと手伝うから、でも、ここはイヤ、寝てるのはイヤなの、ね、お願い」


「いや、僕が何かしてるわけじゃなくて、アレがしてるんです箱のアレが、一種の金縛りみたいなものですから、僕の方では何ともできません」


「お願いぃぃ。もう肘とか使わないから。来てるの、そこに来てるの、ほらソコ。逃げない、絶対、約束する。後生だから、何でもするから、お願い。許して」


「本当に何でもする?」


「する、するする、何でも言う通りにする。いや、来る、来ないで、だめぇ」


「じゃ、質問に答えてください。いま何色ですか?」


「え? 何色って? 何? イヤぁ、来る」


 光と私の体はもう握り拳ひとつ分くらいのすき間しかない。キョージュは村正を青眼にかまえて微動だにしない。眼前の光とキョージュの顔を交互に目まぐるしく視線だけで追い、泣き、叫び、懇願し、それでもかろうじて意識だけは保っていた。


「色です。光ってるんでしょ。何色に光ってますか?」


「青よ、あお、あお、あお〜」


 実際、それは空の青ほどの深みを持ち出していた。最初はほのかに青白かったものが、迫るにつれ、近づくにつれ、どんどん青さを増していく。


「赤くなったら教えてください、そうしたら切ります」


「なった、赤くなった」


 キョージュはピクリとも動かない。


「嘘はダメ」


「嘘じゃないよぉ〜」


 キョージュはチッと舌打ちした「タイミング間違えたら、死ぬよりヒドイことになりますよ」


「…死ぬよりヒドイ…?」


「あ、違う、いまのなし」キョージュも気づいたらしく、あわてて否定する「大丈夫、絶対、大丈夫だから、僕を信じて、がんばって」


「いやぁぁぁ」もう限界だった「殺してぇ。その刀で殺して〜、アタシを殺してぇ。死ぬほうがマシなら、いますぐ死なせてぇ」


「だから、死んじゃだめです。色は? 色はどうなんです?」


「赤いよぉ、もう赤いモン…。早くぅ、もうコレでもアタシでもどっちでもいいから切れぇ。きってぇ、殺してぇ、え? イヤ、何? だめ、入る、入っちゃだめ」


「入る?」キョージュの目に戸惑いが浮かんだ「入るって、何で?」


「入るのよ、胸のトコから。いや、ダメぇ。来るなあ。入るなあ」


 ソレの先端はわずかではあるが胸の中にめり込んでいた。白無垢が胸の真ん中が、そこだけが青い。


「入るって、手なんだから引くだけのはずなのに、何で入る…、何で…、あ」


 キョージュが青眼を崩し、村正を握った手をだらんと下に降ろした。




「…ごめん」




 絶叫というのが人の声ではなく、ただの耳障りな音だということを初めて知った。それは私の発している声ではなかった。魂が喉の奥で鳴っていた。


「あ、なし、いまのもナシ。大丈夫だから、もう少しがんばろう」


「死ね。死んでしまえ。このインチキ野郎。アタシも死ぬけどお前が先に死ね。死ねぇぇぇ。いや、むしろ生きろ。生きたママ地獄に堕ちろ。地獄の犬に腸雑喰らわれて泣けぇ」


「一時的な錯乱です。いまが踏ん張り所です。僕を信じて、もうすぐだから」


「錯乱してるのは、オマエじゃぁぁ。誰がオマエのことなんか信じるか。もし、世界が…、いやあ、来るなぁ、入るな、黒いの、イヤ。…黒い、ダメ、だめぇぇ」




 閃光が二筋走った。




 空気、いや空間そのものを切り裂いたかのような気迫は一瞬にして溶けた。キョージュは白木鞘を投げ出してその場に座り込み、それでも私に向けて声を掛けた。


「アキハさん、よくがんばりました。お疲れさまでした」


 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだった。キョウジュの声は聞こえたが、顔を見るのは嫌だった。


「…また、嘘付いた。…赤くなったら切るって言ったのに、…黒くなったら切った、…ヒグ…、…嘘吐き…」


「だって、そうでも言わないと…、実際、赤だってずっと言い張ってたじゃないですか…」


「…体動かない、だめだ。…失敗したんだ。…アタシ死ぬ。…違うの、毛むくじゃら、ミイラになる、…箱に詰められる。…もうだめ」


 キョージュが優しく抱き起こしてくれた。畳に半身を起こしたところで、キョージュの手が首筋に触る。チクリと鈍い痛みがあった。


「…手、動いた。…足も」


「動けなかったのは、コレのせい」キョージュの手には2センチほどの長さの細い針「金縛りじゃないんです。下手に動かれたら困るので、目を覚ます前に予め一本打たせて貰いました」




 がすっ。




 目の前の顔に正拳を叩き込んだ。


 人を殴ってスッキリしたのは生まれて初めての経験だった。



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