第六話 風に乗る封神(6)
「こっちです。アキハさん」
「はい」ロードスターの助手席に滑り込む。狭いなあ。もっとデカイ車に乗ればいいのに、キョージュ。
車を発進させるなり、キョージュは聞いてきた「ショミさん、何て言ってました?」
「常陸の風神」キョージュにそう言えばわかる、とショミは言っていた。
「ええっ?」
「ちょっと、ハンドルから手を離さないでください」
「大丈夫ですよ、少しぐらい」そういう問題か? 違うだろ? 私の忠告など無視して、キョージュがしゃべりだす「父の話ともだいたい合ってます。そうすると茨城県かあ。ちょっとしたドライブになりますね」
「私も行かなくちゃいけないんですかね?」
「あ、ええ、まあ、その…」
「前向いて運転しろ」キョージュの頭を手で押さえて前方に向ける「前だ、前。こっちは見なくていい」
「大丈夫です、ってば、ほんとにアキハさん心配性なんだから…」
オマエの大丈夫、が、大丈夫だった例なんかないじゃないか。
私が行くべき理由、というのは、いちおうキョージュのお養父さんから聞いている。私がシュンコウさんの結界破りを手伝ってしまったので、私でないとシュンコウさんを捕まえ難いのだそうだ。あまり納得できない気もするが、若干、後ろめたいところもあるので、渋々引き受けた。
それにしても茨城県とは。
「シュンコウさん、何しに茨城まで?」
「風神山というのがあるんですが」キョージュが言う「頂上に、風神と雷神を奉ってあるんですよね」
「それで?」
「たぶん、推測なんですが…」キョージュは何故か言葉をにごす「その…、風神を封じに行ったのではないかと…」
バカか、あの女。
土地神、と言えば神秘的に聞こえるが、要は人の怨念が凝ったものである。シュンコウさんの封じていたのはそういうモノなのだ。いくら邪念がこもっていようとも、所詮、もとは人間なのである。それに対して、風神は、風の神、気象現象である。竹槍で台風に歯向かうようなもので、そんなものは封じるとか、そもそもが、そういうレベルの話ではないのだ。
「風神、怒ってるんですか?」
「え? 風神が? いや、そんなことはないと思いますけど」キョージュは言う「だって、ハエが顔の前に飛んできたら払うけど、いつまでもハエを怒ったりしないでしょ」
うむ、シュンコウさんはハエか、納得できる。
「まったく、親父のヤツ」キョージュはブツブツ言っている「アキハさんの看病頼んでもああだし、今度はシュンコウさん逃すし、僕の頼みごとをことごとく駄目にするって…。耄碌したんなら、そろそろ施設とか考えたほうがいいんだろうか…、普通の人間じゃないから普通の施設は無理だし、ああいうのはいったいどこに預けたら…」
「まあ、ほら、お養父さんも、シュンコウさんが結界破って出ていくとは思わなかったんでしょうし」いちおう励ましてみる。
「そもそも、家の中に結界が効かない人間が三人もいるのに、結界張ろう、とか考える時点で耄碌してるんです」
「三人、て誰?」
「僕とアキハさんとシモンです」キョージュは間髪入れずに答えた「ほんとにもう、まてよ…、もしかしてワザとやってるのかな?」
へえ、キョージュはそうかも、とは思ってたが、シモンもなんだ。
「シモンも結界効かないんですか?」
「ええ、昨日の晩、お酒買いに外に出たじゃないですか」
「あ、そうか」と一度は納得したがよく考えるとおかしい「何でシモンには結界効かないの?」
「彼は無垢ですから」キョージュは当たり前のように言う「シモンのお養父さん、マッツァリーノ枢機卿が見出して育てあげました。彼にはほとんどの術が効きません」
「キョージュと同じなの?」
「いいえ」キョージュは首を振った「僕とは違います」
よくわからないが、キョージュが違うと言えば違うんだろうな。
「シュンコウさんは一目で見抜いてたみたいですけどね。だからお酒買いにいかせたんでしょう」キョージュが言い、そしてまた愚痴になる「それだってのに、あの親父は…、結界張るなんて姑息なことしないで、脚の一本も折っておけば良かったんです」
やっぱり折るのかあ、どうもその意見が主流だなあ。
「あ、次のSAで休憩しましょう」
「別にいいですよ。シュンコウさん探さなきゃ、急ぐんでしょう?」
「それは、そうなんですが」キョージュは大きくハンドルを切って駐車場に入る「下手すると、長期戦になる可能性もあるので、いまのうちに何かお腹に入れておいたほうが良いですよ。次、いつ食事できるかわからないですし」
「風神山でシュンコウさん拾えばいいんじゃないの?」
「そう簡単には…」キョージュは車のエンジンを切った「彼女、文字どおり、飛ばされてる最中ですから」
「飛ばされてるって、どこに?」
「それがわかれば楽なんですけどね」キョージュはため息をついた「パンとかスナックとか簡単に食べられるものも買いましょう。できれば陽が落ちる前になんとかしたいところですが、難しいかもしれません」
車外に出て身震いする。思わず、天を仰いだ。抜けるような青空。時刻は十二時を少し回ったところ。
昼間でこんななのに、夜とか、山中で一泊とか、絶対イヤだ。修行じゃないんだから。