第六話 風に乗る封神(5)
「シュンコウが来てるって?」詰所に寄ったら、いきなりソンコさんが尋ねてきた。「いま、どこにいるの? キョージュのトコ?」
「ああ、さっきまで一緒にいましたけど」
「どんな様子だった?」
「どうって、いつもどおりでしたが」
「また左だけ?」
「はあ」
あのバカ、とソンコさんが愚痴る「悪いんだけど、見かけたら、本部でもこの詰所でもいいんで、連れてきてくれる。詰所まで引っ張って来てくれれば、あたしが首に縄つけて本部まで引っ張ってくから」
「あの人、私の言うことなんか、聞きゃしませんけど」
「じゃあ、足止めして連絡ちょうだい。別に五体満足じゃなくてもいいから、脚の一本も折っといて」
まあ、折れって言われれば折るけどさ「そんなに緊急なんですか?」
「緊急っていうか、ねえ」ソンコさんは珍しく深刻そうである「大祓、二回もすっぽかしてるのよ。あのバカ女。その間も仕事続けてるから、普通なら動くことさえできないはずなんだけど…」
「ええっ」思わず声が出る「そんな状態だったんですか、シュンコウさん。まだ、キョージュん家にいるかもしれないから、行ってきます」
「頼むわ。こっちも、まさかキョージュのトコにいきなり行くとは思わなかったから、たぶん騙して祓わせる気だったんだろうけど」
「騙すって?」
「キョージュ見えないでしょ」ソンコさんは携帯のボタンを押しながら言う「適当なこと言って、穢れを吹きとばさせるつもりだったのよ、きっと」
「大丈夫なんですか? そんなことして」
「大丈夫なわけないでしょ。前もそれで死にかけてんのに、バカ女…」電話がつながったらしい「あ、あたしよ、あたし、いまドコ? え? サンタのトコ? また、そんなところに入り浸って…、まあ、いいわ、迎えにいくから、そこにいなさい」
電話を切ったソンコさんはコートを羽織る。
「ショミちゃん、ですか?」
「うん、まあ、念のためね。じゃ、キョージュの家のほうは頼んだわよ」
やれやれ、大変なことになった。
しかし、そんな状態でよく動けるな。酒で感覚が麻痺してんのかな。
それにしても、キョージュは無理としても、萬山さんは何故、何も言ってくれなかったんだろう。あの人がシュンコウさんの状態を見抜けないはずはないのだが。
キョージュん家の玄関を開けたら、三和土にその萬山さんが立っていた。
「やられたよ」キョージュのお養父さんは、頭をかきながら話だした「結界を張っておいたんだが、ヤツめ、アキさんを盾に結界を抜けおった」
「え? ヤツ?」
「シュンコウさ」出し抜かれたにしては、まんざらでもなさそうな口ぶりである「昨日、来たときに、シュンコウがこの家から出られないように結界を張った。それを今朝アキさんと一緒に出ることでやぶったんだ。おまけにこっちを閉じ込めていきおった。いまやっとアキさんに玄関を開けてもらえて出られた。お恥ずかしい話だ」
玄関で急に私を呼んで連れていったのはそういう訳だったのか。
「じゃあ、シュンコウさんは?」
「いちおう糸はつけてあるが…」お養父さんは難しい顔をしている「切ろうと思えば切れるだろうし、糸の先にまだシュンコウがついているかどうか、自信はない」
「心当たりはないんですか? シュンコウさんの行き先」
萬山さんは、一枚の紙を差し出した。
前略、
右にも憑けてくる。これで大丈夫だ。すぐ戻る。
早々
最後に「瞬光」と結んである。妙なところだけしっかりしている。
「右にも憑けるって、そんな都合良く封じるものがあるんですか?」
「問題はそこなんだが…」老人は腕を組んで考え込んだ「小物ではあの左半身とはとてもつり合わん、かと言って、シュンコウの性格からして、封を重ねてバランスを取るなどという面倒な事はしないだろう」
「すると狙いは?」
「一発、大物だろうな」
「その大物の心当たりは?」
「ない」
「え?」役に立たん爺さんだな。
「ない、というより、あるにはあるが、普通はそんなものを封じることはない」
「どういうこと?」
「いま、あれだけのものと同じものを憑けるとすれば、この近所だと、浅草寺の本尊を無理矢理叩き起こして、もう一度封じるとか、そんなことでもしない限りは無理だ」
「それ、無茶すぎますが…」
「シュンコウだって、それほどの無茶はしないと思うが、なんとも、ヤツの考えていることはわからんからなあ」
「どっちかっていうと、シュンコウさんを封じるのが一番良いような気がします」
「それをやったのさ」萬山さんは苦笑した「それで破られた、面目ない」
まあ、そういうことになるのか。魔物を解き放つ手伝いをしたみたいで、なんだか私も気分が良くない。