第六話 風に乗る封神(2)
シュンコウさんは風呂からあがって浴衣を着ている。
髪はポニーテールにまとめているので、ちょっと見、素浪人のようだ。
ぎちぎちに帯を結んでいるので、極端にせりあがった帯の上前と下後の出っぱりが犯罪級にヤバい。
「まあ、だいたいの事情はわかりましたが」キョージュは、迷惑を顔の全面に張りつけて、応対している「今度はちゃんと右手も使ってたんでしょうね?」
「おう、かわりばんこにな、右手と左手」
「嘘ついても、すぐわかりますよ」キョージュは片眉をあげて、シュンコウさんを威嚇し、私の方に向いた「アキハさん、シュンコウさんはどんな感じですか?」
「アキ、いらんこと言うなよ」
シュンコウさんの言うことなど、聞く必要もない。彼女の左半身がただ事でない状況であることを、それを見たシモンが怯えていることまで加えて、詳細に伝えた。
チッ、とシュンコウさんは舌打ちして、ソッポを向いている。
「大祓の前に、潔斎、精進が必要ですね。一ヶ月くらい断酒しますか」
「おい、オマエ、坊主みたいなこと言うなよ」キョージュの言葉にシュンコウさんが噛みつく「そんなことしたら死んじゃうだろ」
「死にゃしませんよ。むしろ長生きするんじゃないですか?」
「酒飲めないんなら死んだほうがマシだ」シュンコウさんはソファの上で胡座になった。おい、見えてるぞ。頼むからパンツ履いてくれよ「ぐだぐだ言ってないで、早く祓えよ」
「無理だって言ってるでしょう」キョージュはため息をついた「このままやったら、穢れををおとす前にあなたの右半分が黒焦げになりますよ」
「術の加減もできないとは未熟なヤツだ」
「僕のは術じゃありませんからね。それが嫌ならタモンさんにでも祓ってもらってください」
「タモン使うと、ソンコがぎゃあぎゃあ煩いんだよ」
「あなたが、ところかまわず、裸になるからです」
「飲んでるときだけだろ」
「まるで飲んでないときがあるような口ぶりですが…」
「あのなあ、稼業が稼業だから、身を清めなきゃいけないんだよ。お神酒なんだからしかたないだろ」
「僕のマッカランはお神酒じゃありませんけど」キョージュは、シュンコウさんの手から湯飲みを取り上げた「普通なら、飲んでいいか? って聞いてから開けるもんでしょう?」
「飲んでいいか?」
「ダメです」
「ケチ!」
湯飲みを取り上げられたシュンコウさんは、ボトルに口をつけてラッパ飲みをはじめた。もう、こうなると駄々っ子と同じだ。
キョージュがボトルも取り上げる「ダメです。断酒二ヶ月、これが大祓の最低条件です」
「二ヶ月…、って、増えてるじゃないか…、ひとでなし。オマエ、自分でもできないようなことを他人に強制するな」
「僕は大祓なんて必要ないですから、飲んでいいんです」
「いや、それはどうかな」シュンコウさんの肩を持つわけではないが、気になったので口をはさんだ「キョージュも飲みすぎでしょ。シュンコウさんと一緒に禁酒したらどうですか?」
「え? ちょっと、それは、話が…」
「わーい、怒られてやんの、オマエも禁酒だ、禁酒」
「オマエも、ってあなた、僕と一緒なら禁酒するんですか?」
「誰がするかっ」
そのとき玄関の戸が開いて、入ってくるものがいた「おーい、シュンコウが来てるって?」
「おお、ジジイ」シュンコウさんがうれしそうに声をあげる「オマエの息子が虐めるんだよ。なんとか言ってくれ。ところで、酒は持ってきたんだろうな」
キョージュの養父、賀茂萬山氏はシュンコウさんの師匠でもある。手には小ぶりの樽酒をぶら下げている。良いか悪いかはひとまず置いておくとして、絶妙のタイミングでの登場ではある。
私はキッチンに引っ込んだ。何かツマミでも出してやらないと空酒で飲み出しかねない。とにかく、今日はもう、話合いもなにもあったもんじゃないのは確かだ。