第四話 真実を映す魔鏡(11)
カツオだかマグロだか。
ザラスシュトラの鏡から投げ出された人が、私の回りに山と積まれていく。
ほとんどは外国人で、大抵は正気を失っている。運悪く立ち上がるものがときどき出てくるが、有無をいわさず、左右の母娘の棒手裏剣でサボテンにされる。おい、目入っちゃってるぞ。急所外すんじゃなかったの?
両目をつぶされたものがいないのは、これでも手加減しているのか。
よく見ると、ソンコさんとショミは淡い青のベールに包まれている。巻いてもらったっていうのは、このことかな?
ジャックポットさながらの大当たりが、ピタリと止み。ザラスシュトラの鏡は再び不気味な沈黙に堕ちた。
「あひゃ」
キョージュが切先を下方45度に下げた時、それは来た。
紫の咆哮。
ゆっくりと螺旋をまきながら上へ。
上で良かった。
「何か来てます?」
「むらさき、上に登ってる」
「オッケー」
紫光が渦を巻いて左右に揺れる。すごぉく、嫌な予感がする。
「…るな、くるな、来るな…、ぅわあぁぁぁ」
八股の蛇、あるいは蜘蛛、八本の突起を持つ光の咆哮がうねり、私に向かって殺到する。
ちょうど正面、目のまん前で2つに引き裂かれ、それぞれ左右に、どう、と落ちた。
右に落ちたのは初老の婦人、左は壮年の外国人だ。左がふらふらと立ち上がる。途端にハリネズミ状態に。
「シモーネ・マッツァリーノ」キョージュが手裏剣に打たれた外人に声を掛けた。その後、二言、三言、なにか喋っていたが、日本語ではなかったので良くわからない。外人は唸り声をあげるだけで、身動きは取れないようだ。
閃光が炸裂した。
圧倒的な量の光に目が眩む。眼球の内部がハレーションを起こして、光以外の全ての像を奪っていく。
「いやぁ、…だめぇ」
「大丈夫、大丈夫だから…」
「だいじょうぶじゃないよ…、二人が…、もう…」
さっきの閃光で、ソンコさんとショミを覆う藍色の衣はほとんど剥がれ落ちている。
「何?」
キョージュが一瞬、こちらを向いた。私の表情を見るなり、状況を悟ったようだ。
キョージュの瞳の底の色が変わったように見えた。
「アキハさん…、ちょっとだけ、我慢してね」
「え?」
空間を埋めつくしていた光が、真っ二つに裂けた。
「ぎょぇぇぇぇぇ」
裂けた光が太い縄のように束ねられ、二つの切先を揃えて私を襲う。
「だぁぁぁぁぁぁ」
切先が眼前で交差し、互いを付け狙うように二重螺旋で私を椅子ごと巻いていく。
「うぎぇぇぇぇ、や、や、ぃやあぁぁぁ」
「ねぇ、ママ」
「ぃひ、ひ、や、やめぇ」
「何?」
「くるな、くるな、くるなぁぁあぁ」
「アキハ、って、いつもこんなことやってんの?」
「…ひぐ、…うぐ、いぇえぇぇ、やぁ」
「うーん、今日はいつもよりちょっとヒドいんじゃないかな。見るの初めてだから、よくわからないけど」
「…お…ねがぃ、…もう、いやっ、イヤ、いやぁぁぁぁぁ」
「へぇ…、アタシだったら、殺されてもこんなの嫌だな」
「ぁぁぁぁぁあああああああああ」
「ほんとだねぇ」
地獄に堕ちろ、この腐れ母娘。
光の二重螺旋は舐めるように私を取り巻いて上昇する。先端が水盤の上に戻り、光の玉となって膨れあがった。
光が人の形を取る。後光の中に、その顔にあたる部分がわずかに微笑んだように見えた。
「パードレ…」外人がそう呟いて、がっくりと膝を落とした。頭を垂れてうずくまるその格好は、見ようによっては祈りを捧げるようにも見えた。
光は霧散し、部屋は静けさを取り戻した。最後の人は実体化しなかった。理由はわからない。
キョージュは懐剣の切先を天に掲げ、仁王立ちのまま動かなかった。また気絶しているのかも知れない。
よく見ると白刃の中ほどに小さくヒビが入っている。
駿河家の家宝は四百有余年の天寿をまっとうし、深い眠りについたのだった。