第四話 真実を映す魔鏡(10)
悪寒が全身を貫く。
一瞬、気を失いかけてよろめいた私をキョージュが支える。
体躯が瘧のように震え、歯の根があわない。
時代がかった木製の椅子に座らされた。
「大丈夫ですか? アキハさん」
大丈夫じゃねえよ。
「…なぜ、…しばる」
「え?」キョージュは照れ隠しのように笑んだが、細紐をまく手は素早さを増した。ほどなく私の足と胴体は椅子にがっちり固定された。
「なんのマネだ…。…こるぁぁ」
瘴気に当てられたかのような私の呻きに、キョージュはたじろんでいる。
「い、いや…、なんか具合悪そうだし、椅子から、ずり落ちないようにと…」
「…んだとぉぉ…」
「ま…、まて…、すぐだから、すぐ終わるから…、ね」
何が、ね、だ。このやろう。
「ソンコさん、水ぅ」キョージュはそそくさと私から離れ、水盤の載ったテーブルに向かう。ソンコさんが水のはいったバケツをキョージュに手渡す。
「えーと、ですねぇ。いまから水盤に水を張るのでぇ」何でコイツは説明のときにこんな阿呆みたいなんだろう「そしたら、いろいろぽこぽこ出てくると思うのでぇ」
何がぽこぽこ出てくるんだよ。何が?
「術師か、それに準ずる人は、まぁ動けないと思うんだけどぉ。ヴァチカンのエクソシストの中には格闘術系の人もいるのでぇ」ここでキョージュは、ソンコさんとショミをチラ見する「そういうのは、お二人にお任せしま〜す」
「はいよ」
「ほーい」
ソンコさんとショミ、さっと上着を撫でたと思ったら、両手指の間に左右4本づつの棒手裏剣。鈍く銀色に光る16本の刺が、ヤマアラシのようにジャッと哭いた。
「ママぁ」
「なぁに?」
「ドコ狙えばいいの?」
「殺すわけじゃないからね。急所以外なら、そうそう死ぬもんじゃないし適当に打てば?」
「急所って、ドコ?」
「目とか首とか」
「わかった、目と首狙えばいいんだね」
「…ま、狙って当たるもんでもないし…、それで、いいんじゃない」
「いっきまーす」おかしな掛け声と同時にキョージュが水盤に水をそそぐ。
ザラスシュトラの鏡。
いままでは漏れ出る余波だった漆黒の不安の塊が、一気に八方に黒の気を散らし、部屋の中を踊り狂う。
白刃が舞った。
キョージュの白木鞘、築山殿は赤く焔にうち震え、ピタリと切先を水鏡に落とす。
前回の死者の石で気づいたが、キョージュが力を開放すると、こちらの身体的負荷は少し減る。おぞましさが三倍増しで精神的負荷で釣りがくる。
「どわぁぁぁぁ、て、て、てててて、て」
「どーしましたぁ?」
「手ぇ、きた、手、手、何本もきたー」
「あー、来ましたかぁ」
「あぁぁぁぁぁ、あ、あ、あ、あ」
「こんどはぁ?」
「あし、あし、あし、足〜」
幾本もの手足が折り重なって湧いてくる。なんで、こっち来るんだ。キョージュのほうに行って、オネガイ。
「ぁう、ぁう、ぁう」
「まだ人型にならない?」
「え〜?」
「人です。人はまだ?」
「ひとぉ?」
手足だんごが空中でこねられ、飴細工のようにだらりとひしゃげる。これが人だというのなら、私は人間なんかやめたい。
「ぜんぜん、まだ、だんごぉ」
「団子、か」キョージュが白刃の切先をじりじり下げる。
漆黒のだんごは次第に形を変える。四肢と思しき突起が伸び、やがて、…頭?
「きたー、ヒト、きたー」
「よーし、オッケー」
一本釣りのカツオのように、一人床に転がった。
そこからはもう一気だ。
黒の気炎をあげる水鏡から、幾重にも折り重なって、人が、吐き出されて来る。