第四話 真実を映す魔鏡(7)
「あ」
「あ」
「占いのおばさん」
「おばさん」
ショミの友達だ。こっちは学校にショミを迎えに来ただけなのに、いきなりおばさん呼ばわり、ヒドイ仕打ちだ。
「あの…、私には…」
「むやみに名乗るもんじゃないよ」ショミが現れた。誰かにも言われたな、それ。誰から言われても何故かムカツク「あ、それとアンタたち、今日はアタシ、このおばさんと用があるから」
「あのね…、ショミちゃん…」
女の子たちは、こくこくと頷く。期待と畏敬の混ざった眼差しがこそばゆい。
ショミは大股で歩き、四辻を曲がって生徒がまばらになったところで、言った。
「海老おいしかったね〜、また行こうね〜」
いや、私の都合で行くわけにはいかんので、そういうことはキョージュに言ってくれ。
気がつくと、ショミは歩きながらじっと私を見つめていた「アキハ、サンタに会ったね」
「あ、え? あ…、あぁ」ショミの言っていることを理解するのに少しかかった。彼女はサンタの実体に会っただろう、と言っているのだ。
「やっぱり」ショミは眉根を上げた「あの女の人に別れろって言え、って言われたでしょ?」
「う、うん」
「あ〜あ、しょうがないなぁ」ショミはあきれ顔だ「アイツ誰にでも頼むんだよね。ホント、テメエの女の始末くらいテメエでつけろっての」
ショミの言っていることはもっともだが、それについては多少同情の余地もあるのでは? と思うのだが。
「あ、少しかわいそうだ、とか思ってない?」
「い、いや…」
「だめだよ、アキハ」ショミは諭すような口ぶりで私に言う「あれ、サンタの手口なんだから、ああやって同情引いてナンパしようとするんだよ。アキハはウブだし、騙されやすいから…」
「ナンパ、って、生霊がナンパなんかして、何かいいことあるの?」
そんなの知らないよ、とショミは言う。ナンパ好きの生霊なんじゃないの? とのことだ。
そういう話をしているうちにナンパ好きの生霊の店についた。
なるほど、言われて気づいたが、ファントム・ショップ・サンタは文字どおり幽霊が店主の店なわけだ。
「おや、これはお揃いで」自分への悪態を知ってか知らずか。サンタはいつもどおり欠伸をして出迎えた。
「ザラスシュトラの鏡のことなんだけど」
「ああ、アレね。なんか聞きたいことあるの?」
別に何にも、と言おうとしたら、ショミが口をはさんできた。
「ゾロアスター教、って拝火教でしょ? 何で鏡が関係あるの?」
「ゾロアスター教って、あんまりよくわからないんだよ。もともと信仰されてた地域が今はイスラム圏になってるし。ザラスシュトラ教典があったのは確からしいけど…」
「何だ、わからないのか」
「拝火教って言っても、火を信仰したというよりは、アフラマズダは光の神なんだよね。で、アンラマンユは闇、と。ただ火と水で対比させている場合もあってさ、そちらを主にとると拝火教になる。でも、ちょっとおかしいんだ」
「おかしいって、何が?」
「光と闇の対立ってのは近代の宗教観なんだよね。あと火と水っていうのも原始的な五行思想というか、ちょっとあわない気がする。だから…」
「だから?」
「もともとのザラスシュトラの教えっていうのは、光と水じゃないかって考え方があって…」
「光と水…、そっちのほうがちぐはぐじゃないの?」
「だから、ザラスシュトラ教典ほじくり返したキリスト教徒もそう考えちゃった。光と闇とか、火と水とか、対立がわかりやすい譬えに流されたんだよ」
「で、光と水だとどうなるの?」
「光と水鏡なんでしょ」ショミが言った。
「そ、そういうこと」サンタが引き継ぐ「古代で鏡といえば普通に水鏡なんだよ。もともとアフラマズダは唯一絶対神であってアンラマンユとの絡みで成長して完成する。光が鏡を持って通ずるという…」
「もう能書はそのへんにして」だんだん面倒臭くなってきた「ショミちゃんに鏡見せたいんだけど」
「ないよ」
「何?」
ショミと顔を見合わせる。
「昨日、あずけたのにどうしたのよ?」
「あずかってないよ。勝手に置いていっただけだろ」
ま、それはそうだけど。
「だからって、ことわりもなく売っちゃうことないでしょ?」
「売ってないよ」サンタは左手を上げて伸びをする「持っていかれたの」
「誰に?」
「レイカ」
「レイカ様ぁぁ?」何でここでレイカ様が出てくる?「あんな重たい物どうやって?」
「店の裏口にフォークリフトつけて持ってった」
フォークも運転できるのか、ま、クレーン使ってたくらいだしな。
「少しは抵抗したんでしょうね?」
「何で? だってアレ、俺のじゃないよ」
「それはそうだけど…」
「いいよ、アキハ」ショミが横から割って入った「レイカって、霊峰友愛の人でしょ。近くだから、行こ」
「行こ、って、ショミちゃん、ちょっと…」
ショミはすたすた店から出て行ってしまった。
あ〜、も〜、わけわかんない。