第四話 真実を映す魔鏡(6)
晩ご飯は海老だ。
変更は許さない。
「ショミさんにはまだ手伝ってもらわないといけないので」キョージュが言う。
「うふふふふ〜」
ショミは嬉しそうだ。ケーキのときよりずっと嬉しそうである。
まあ、アワセカガミが行方不明なのだし、これはある意味、まだ納得できる。
「うふふふふ〜」
ソンコさんも嬉しそうだ。
これについては理解し難い。
「何しに来たんですか?」
「海老なの〜」目尻が通常より1センチ下がって、まるで別人になっている「海老大好きなの〜」
ああ、そうとも。
海老だよ。海老だとも。
だから何でアンタがいるんだよッ?
「ショミちゃんが絡むの反対してたんじゃありませんでした?」
「反対よ」ソンコさんは口許も閉まりが無い「でも、あの人の言うこと聞かない訳にはいかないし、だから親同伴ってことにしたの」
「はぁ?」
「心配性なのよ、ママは」
「違います。母親が娘の心配するのはあたりまえです。だから一緒に来たの。それに…」
「それに…」
「海老だし」
「海老だし」
異口同音に唱えた母娘は、まったく同じ表情で、手を胸の前であわせていただきますのポーズをした。
「あのねぇ…」
イラッとして立ち上がろうと腰を浮かした瞬間、襖が開いて仲居さんが盆を運びこんだ。
うわぁぁ。
いっぱいの氷を張った巨大な桶に、十匹以上の伊勢海老が、殻を割られて背を剥き出しに、鬚がせわしなく動く。
もう、どうでもいいや。どうせ払いはキョージュだし、ソンコさんが私の海老を奪るわけじゃない。私は私の分食べればいいのだ。
小皿の山葵醤油にさっとつけ、かぶりつく。むきっとした歯ごたえがあって、じゅわっ、と来た。
背筋を電流みたいに何かが走る。噛んだ海老が口腔で、きゅぅと縮む。
ショミと私とソンコさんは、もう一音も発しなかった。
一心不乱に顎を動かして、三桶目の海老が運ばれる頃、ようやく人心地ついてキョージュのほうを見た。
ちみちみ、と杯を傾けている。殻入れに何も入ってないところを見ると、どうやら飲んでるだけらしい。あいかわらず変なヤツだ。
「それ何ですか?」
「あ、え?」キョージュは少し戸惑いつつ、冷酒の徳利を右手で上げた「これのこと?」
「そ、それ。何?」
「浦霞ですけど」
「おいしい?」
「え、ええ、まぁ…」
「じゃ、私も、それひとつ」
「あ、あたしも」
「アタシも」
あんたは、だメ、ソンコさんがショミのうなじにピシャッと平手を入れる。え〜、とショミは不満気だが、逆らう気はないらしく新しい海老の桶に手を伸ばす。
すっと冷酒を一口入れると、暫しあって、ほわ〜ん、と来た。
う〜ん、伊勢海老と日本酒は、やっぱ、あうわぁ。
こんがり焼いた海老の頭に酒を注いで、また一杯。海老味噌の風味が堪らない。ソンコさんも海老頭酒。ショミは羨ましそうに見ていたが、諦めたらしく、海老頭に唇をつけて啜っている。
「で、ショミさん。アワセさんなんですけど…」キョージュが言った。
ショミはふるふると首を横に振る。
「だめですか?」
箸で海老を口に放りこんで、ショミはこくこくと頷く。
「どのくらいの範囲でいない?」この問いはさすがにジェスチャーだけでは答えきれなかったようで、ショミはようやく口を開けた。
「少なくとも、地球上にはいなさそう」
地球上とは、また大きく出たな。
キョージュは、はぁ、とため息をついたが、それほど落胆しているようにも見えない。杯を少し傾けた。
「鏡の近くに行けば、わかるかもしれないけど」
「鏡の中?」
「鏡に中はありませんよ」私の問いにキョージュが答えた「鏡のむこうの世界です」
「鏡はいまどこにあるの?」ソンコさんがキョージュに問うた。
「サンタくんのところです」
「ああ」ソンコさんは頷いた「じゃぁ、もう遅いし明日のほうが良いネ」
ネ、と、ソンコさんとショミは顔を見合わせ、目くばせした」
「え? 遅いって…、まだ7時半ですけど」
「だって…」
「だって…」
「鬼瓦焼きもまだ食べてないし」
「鬼瓦焼きもまだ食べてないし」
確かにそのとおりだ。サンタの店なんていつだっていけるが、鬼瓦焼きが次にいつ食べられるかなんてわかったものじゃない。
三人の視線に射貫かれたキョージュは、くしゅん、と小さくクシャミした。
大丈夫です、もう頼んでありますから、その言葉に安心した我々は視線を桶に戻した。三匹の伊勢海老が尻尾をうねらせている。
もう一度、三人はキョージュに眼差しを送る。
キョージュは冷酒の徳利を傾け空にすると、もう一本、と頼んだ。
何も障害は無いようだった。数は合っている、たぶん。