第四話 真実を映す魔鏡(5)
サンタはふらふら歩いている。歩いているというか、ふわふわ漂っている。
どこまで行く気だろう、と渋々ついていったが、道路を挟んだ店の裏手、総合病院にひょこひょこ入っていく。
やっぱり、どっか悪いのかなぁ。
受付も待合室も素通りで、ふらふら病棟のほうにむかうサンタ。
「あ、そうだ」サンタは廊下の途中で振り向いた「病院の中だから話しかけないでね。変に思われたら嫌だし」
ちゃんと静かにしてるじゃないか。
エレベーターは使わず、階段を登っていく。近い階かと思ったら、5階まで昇りやがった。
ひぃひぃ、息を切らしてたどり着いた先、サンタはとある病室の前にぼんやりつっ立っていた。
「ここ、入ればいいの?」
問うた私に、サンタは首を振る。
「ここから見えるよ。ほら入口右のベッド」
鼻と口に管を繋がれた男が寝ていた。
いや、点滴とかモニターのプローブ、導尿管とか、有りとあらゆる医療器具を付けた男が寝ている。
寝てはいないのかもしれない。男の目は半眼だった。
傍らに女が一人。男を見守るでもなく、何かをするでもなく、黙ってパイプ椅子に腰かけている。女性の目にも生気はなかった。
なぜだろう。彼女にはどことなく見覚えがあるような気がした。
「誰よ?」
「俺」
「へ?」
サンタはベッドに横たわる男を指さして、あれ俺、と、もう一度言った。
「どういうことよ?」
「どうもこうも」サンタは頭を掻いた「簡単に言うと、生き霊、ってヤツ」
サンタは廊下の隅っこにある姿見の所まで私を引っ張っていった。
見るまでもなかったが、いちおう鏡を覗いてみた。
鏡の中には、私だけがいる。
隣のサンタは映らない。
「どうやら、俺、いっぺん死んだらしいんだよね」鏡にいないサンタが語りかける「キョージュに引き戻されて、まぁ、今はこんな感じ」
「キョージュが?」
隣を見る。サンタが頷いた。
「普通、キョージュは俺みたいなのは見えないんだけど、自分で引き戻したから、少し見えるみたい。ただ、この状態だとキョージュとサシで会うのはツラいんだ。文字どおり吹きとばされちゃう」
「もとに戻れないの?」
うーん、とサンタは唸ってみせた「キョージュに言わせれば、俺にやる気がないんだ、って言うんだけど…」
その点だけはキョージュに同意したい。
「ま、それほど不自由もないし、入院費は本部持ちだし」
「そんな…、モン、なの?」
「そんな…、モン、でしょ?」
…なんとなく、気まずい。
「それでサ、アキ姉さん」サンタの口調が変わった「頼みがあるんだけど」
「何よ?」
「前に言ってたじゃん、アキ姉さん、ヒモやめろって」
「私だけじゃないでしょ」
「いや、だからサ」サンタは何故かうすら笑いを浮かべている「別れろ、って言ってくれない。あそこ座ってる女に」
「え?」サンタの顔をマジに見返した。
思い出した。病室のパイプ椅子に座っていたのはサンタの彼女だ。
「見えないんだよね。あの女」サンタが言う「霊的にはえらい鈍感でさ。枕元に立ってみたりもしたんだけど、てんで気づかないの。笑っちゃうよね」
「他の人に頼んでよ。そういうの苦手だし」
「みんな嫌がるんだよ」
なんでだろ、と、サンタは腕組みしながら言った。
「他はともかく、私が話したらもっとややこしくなるでしょが」
「何で?」
「いちおう女だし、アンタが何も言えないのに、横からしゃしゃり出て、別れろなんて言ったら誤解されるでしょ」
「俺はかまわないけど」
「私がかまうの」
サンタが、しっ、と人差指を唇にあてる。いつの間にか声が大きくなっていた。
「あんまり、大声ださないで」サンタは言った「たぶん、この病院にいる人たちも、俺のこと見えないし、俺の声も聞こえないから。アキ姉さん、ひとりでブツブツ言ってるアレな人に思われるよ」