第三話 純潔を守る秘宝(13)
「ラタトゥーユと仔羊の香草パン粉焼き、ブイヤベース、ズッキーニのサラダ、あと、ガーリックトーストを」
自分の分を注文して、メニューをキョージュに渡す。
「ああ、僕は…、あ、Est!Est!Est!があるな、グラスだと煩わしいので、ボトルで」
「食欲ないんですか?」
「いや、そういうわけでは…」キョージュは言葉をにごす「そのうち思いついたら、頼もうと思って」
「私が頼んだのは分けたりしませんから、自分で頼んでくださいね」
「…はい」
ソンコさんは疲れたそうで、帰ってしまった。アキちゃんに晩ご飯でもごちそうしてあげなさい、とキョージュに言い残して。
私はDVDが落札できたので、ほくほくだが、キョージュも何が楽しいのかニコニコしている。家に帰ったら昨日の残りのカレーを片付けねばならなかったのだが、まあ、火を通せばもう一日くらいはなんとかなるだろう。
こちらの皿が進んでも、キョージュはワインを飲むばかりだ。なんとなくおいしそうに見えたので、ラムチョップ一本とグラス一杯を交換した。
「アキハさんもワイン好きですか?」
「嫌いじゃないです。いつもは焼酎ですけど」
「あ、焼酎もいいですよね。なかなか通ですね」
「安いから」
「…あ、もちろん、それも重要です」
ブイヤベースのスープにガーリックトーストを浸して口に運ぶ。飲み下して、ふと思いついたことがある。
「数奇屋稀介、ってご存じですか?」キョージュに問うてみた。
「知ってますよ。こけしですよね」キョージュが答える「僕も大好きで、持ってますよ」
「え? ほんとですか?」
ほら、と言ってキョージュはカフスから一本の針を抜いた「よく見てください、頭のところ」
「わぁ、こけしだぁ」針の先端部が球になっていて金彫で小さく顔がついている「父さん、こんなのも作ってたんだ」
「数奇屋希介さん、アキハさんのお父さん、だったんですか」キョージュはちょっと驚いているようだ「稀介のこけし針って言ったら有名で、その筋では…」
「いいなぁ、これ、かわいい」考えてみれば、家には父のこけしはない。急に欲しくなった「これ、貰っていい?」
「え?」
キョージュは明らかに戸惑っていたが、何か意を決したらしく、小声で答えた「…いいです、よ」
「わーい」ハンカチに刺し、たたんでバッグに仕舞い込む。メニューを取り上げた「キッシュ頼んでいいですか?」
「あ、…ああ、どうぞ」
ワインを喉に流し込んで、ここでサンタの言伝を思い出した。
「死者の石、って、どうなりました? ヒビ入ったのまでは見たんだけど」
「あれなら、持ち主に返しましたよ」
「返したんですか?」
「はい、お借りしていた民族衣装と一緒に」キョージュはボトルを逆さにしてグラスに雫をこぼした
「憑物がなくなったので、これからは普通の形身として身に着けられる、と喜んでましたよ」
「ふーん、良かったですね」
「はい」
うれしそうに笑うキョージュに、もしかしてあの石が完全に砕けないように急に力を堰き止めたのかな、と思った。
でも、コイツがそんなことするはずないな、とすぐに思い直した。
キッシュはおいしかった。
上機嫌のキョージュはもう一本ワインを開け、私も半分手伝ってあげた。
<純潔を守る秘宝 − 了>