第三話 純潔を守る秘宝(11)
「何で来たのよ」
ソンコさんは私の顔を見るなり、邪険に言う。握った右手を突き出して、ソンコさんの顔の前で開けた。
鍵。
「ああ」ソンコさんはゆっくりと玄関の方を向いた。顎でしゃくって前方を示す。
あの家の玄関、端がわずかに開いている。
「見ててごらん」ソンコさんに言われずとも、徐々に扉が開いていくのがわかる。音もなく。そして誰が触れるでもなく、その扉は開いていく。
「だから、鍵はもう、いらないんだけど…」ソンコさんは、やっと笑んだ「まぁ、来ちゃったモンはしょうがないよね」
「で、どうすんの?」
「私も行きます」
「ま、こうなったら、帰るより、むしろそっちのほうが安全かもね」
扉は完全に開き、私とソンコさんを誘うように小さく揺れている。
辺りはすっかり暮れて街灯の灯りが頼りだが、扉の中は午後の光のままだ。
ソンコさんは一歩踏み出す。後ろに従った。
「あ、靴脱がなくていいから」
「え?」
「逃げるときはそのほうが楽だし、後で掃除すればいいから」
家の中は照明は灯いていない。外からの光で十分な明るさがある。
外は夜だけど。
「おままごとは、夜にやるわけにはいかないから」
誰に言うでもなく、ひとりごち、ソンコさんは歩を進める。
庭に面した6畳ほどの部屋。
その部屋にソレはいた。
「こんにちは、でいいのかな? ヨシコちゃん」
「いらっしゃい、おひさしぶりね」
若くなってる。
昼はソンコさんと同い年くらいに見えたのに、今は私より若いくらいだ。
何で? 夜は若くなるの?
ずるい気がする。
「ごめんなさい、アキハさん、昼はあなたに合わせてみたのよ」
こちらを見透かしてか、そう言われても釈然としない。
「うれしいわ、二人も遊びにきてくださるなんて、本当に何年ぶりかしら」
遊びに来たわけではないんですが。
ちょこなんと、座蒲団に座る彼女はレースのワンピースを着ている。燃えるような真紅のワンピース。突き出た2本の腕はあくまで白く。卵のように白く滑らかな頬。
腰まで伸びる髪を解いた彼女は、中原淳一のさし絵、そのものだった。
「何して遊ぼうか」ソンコさんは言ったが、顔は笑っていない。
「おままごとよ」彼女は答える。
「いつまで遊ぶの?」
「日が暮れるまで」彼女は微笑んだ「夕ご飯までは帰らないといけないのでしょう?」
夜なのに、庭から穏やかな陽射しが差し込むこの部屋は、つまり、いつまでたっても日が暮れない以上、帰す気はないということだろう。
遠くでかすかに、パタンと扉の閉まる音がした。