第三話 純潔を守る秘宝(9)
黄昏時はもの悲しい。
サンタがいなくなって急に寂しくなった。あんなものでもいなくなると心細いが、術の負担を考えれば、無理は言えない。
今日は疲れたなぁ。こんなに疲れたのは何年ぶりだろう。
いろいろ有り過ぎだし。
そんなことを考えながら歩いていたら、いきなり地面が無くなった。
おぉぉ、落とし穴?
極太のナイロンネットに絡まれる。真っ暗な穴の中、天から円形に射し込む光。驚いている暇もなく、網の上部が絞られ、なんと、じわじわと網ごと体が上昇していく。
「ほーっ、ほっ、ほっ、不様ね、不様すぎるわ、アナタ」
うん、この声は聞き覚えがあるぞ。
ナイロンネットを引き上げているのは小型クレーンだった。そしてクレーンを操縦していたのは、
レイカ様。
純白のチャイナドレスに縦ロールの出で立ちは、昼会ったときと変わりないが、黄色の安全ヘルメットが夕日に燦然と輝いている。
御髪の乱れは大丈夫でしょうか? レイカ様。
「どう? アタクシの恐ろしさが身にしみて?」
レイカ様はクレーンの運転席から地面に降りたった。ナイロンネットに捕らわれて釣り下げられる私を見上げて、また、お笑いになる。
「予知したのよ」
「は?」
「予知したの」飲み込みの悪い私にイラつくかのように、レイカ様の語尾がキツくなる「アナタが不様にマンホールに落ちるところをね。だから、こうやって待ち伏せしたのよ」
「はぁ」
「アタクシの能力は完全予知」とレイカ様がおっしゃる「その能力を持ってしても、まさかマンホールに落ちるような女がいるとは…、驚いたわよ。でも、アタクシはアタクシの能力を信じたわ。そして予知したとおり、アナタは落ちたの」
釣り下げられて身動きは取りづらかったが、なんとかバッグを開けて、アセチレンミニトーチを取り出す。すぐさま着火、ぐるりと一廻しでナイロン網を焼き切る。
トン、とレイカ様の前に降りたった。
さて、どうするか。
逃げるというのも手だが、さすがにレイカ様に失礼だろう。
いちおうヘルメット被ってるみたいだし、頭で行くか。
一歩前に踏み出して、レイカ様の前で前転する。
胴廻し回転蹴り。
素直に当たるとは思わなかったが、真正面から止められたのには驚いた。
「夕暮れとは言え、往来でスカート履いた女の子が胴廻し回転蹴りとはね」
見事な十字受けでレイカ様との間に割り込んだ、黒衣の男。
「いやあ、大和撫子もまだまだ捨てたもんじゃない」
カゲ、さん、だったっけかな。これは実体のほうだな。
止められた脚を軸にバク転して間合いを取る。
二対一か。
正直、ヤバいな。
睨み合いは、ほんの数秒。唐突なレイカ様の言葉が対峙を終結させた。
「帰るわよ」
「まさか、俺がこのお嬢ちゃんに負けるとでも?」カゲさん、顔は笑っているが、明らかに不服そうだ。
「ダーリンが来るわ」
「キョージュが? キョージュだって仲間がいる所で本気…あっ」カゲさんも何かに気づいたようだ「そういうことか、このお嬢ちゃんは特別だったな」
サッと身を翻して小型クレーンに飛び乗るレイカ様、カゲさんはエンジンカバーの上によじ登って手を振っている。
「またね、お嬢ちゃん」
レイカ様たちは、きゅらきゅらきゅら、とキャタピラの音を響かせて行ってしまった。レイカ様のヘルメットが夕日に朱く染まっていた。走って追いかければ、追いつきそうな気はしたが、そんなことをするのはいけないことだと思った。
背後から声を掛ける者がいた。
「行ってしまいましたね」
振り向くと、そこに居たのは。
キョージュ?
「いつから居たの?」
「胴廻し回転蹴りを止められたあたりから」
「それで何、ボケーッと見てたわけ?」
さすがに頭にきて、首を締めてやろうと突き出した腕に、後込みしながらキョージュが言う。
「いや、アキハさん、楽しそうだったんで…、その…、邪魔しちゃ悪いかな、と、つい声を掛けそびれちゃって…」
今日一番の脱力感に襲われ、その場にへなへなと崩れ落ちた。