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術師たち  作者: 二月三月
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第三話 純潔を守る秘宝(6)

 

「マイダーリン。あなたのレイカが参りましたわよ」


  一瞬、詰所の入り口が観音開きに開いたのかと思った。もう一度見直すと、ただの横開きの普通のドアだ。


 レイカ様、は、一種独特な方だった。


「ダーリン。どちらにいらっしゃいますの」


 純白のチャイナドレスは胸に真っ赤な大輪のバラを咲かせている。確かに美人と言って差し支えない容姿だが、小首をかしげるたびに揺れる縦ロールは、コケティッシュというより、ロココ調の重厚さを思わせる。


「ダーリン。お隠れあそばして、レイカをいじめるなんて、なんて酷い方なの」


 三度目のダーリンを聞いて、もしかして、キョージュのことか? と思い至った。これは…、


 ある種の期待と興奮を禁じえない。


「ちょっと、ソンコ、アタクシのダーリン、どこやったのよ?」


 遂に4度目で、レイカ様は、ソンコさんに怒りを爆発させた。というよりは、いままでソンコさんが目に入っていなかったというほうが正しいようだ。


「うん、ちょっと電話が遠かったみたいだね」いつになく丁重なソンコさんである「レイカ様にさ、ちょっと会わせたい人がいたんでね」


「アタクシは、ダーリン以外に逢いたい人なんていなくてよ」


「まあ、そう、つんけんしなさんなってば、幼馴染なんだし、も少し人あたりよくしてくれないかな」


 ソンコさんと幼馴染。レイカ様、推定四十路、いわゆるアラフォーでよろしいでしょうか? それで、真紅のバラ入り純白チャイナに縦ロール、その風体で中華街でもない街並を闊歩できるとは、半端ないです、レイカ様。


「アタクシはいつだって、人には優しく接しているわ」嫣然と微笑む、レイカ様。雌豹がトムソンガゼルを前にすると、たぶんこんな風に笑うんだろうな。


「あんたのダーリンの新しい相方」ソンコさんは私を紹介した「レイカ様も噂くらいは聞いてるでしょ」


 成り行き上、しかたないので頭を下げる。


 レイカ様は、ここでようやく私に気づいたらしい。大きく腕組みをし、冷たい目で私を見下ろしている。と、ほどなくレイカ様の片眉がぴくりと上がった。


「何よ。この子。数奇屋稀介の娘じゃないの」


 いきなり父の名前を言われて驚いた。レイカ様は、今度は品定めでもするかのように私を視線でねめる。


 ふーん、ほー、へー、など擬音を駆使しながら、レイカ様は私の中の何かを読んでいるようだ。


「ソンコにしては面白いこと考えたようね」言いつつ、レイカ様はソンコさんを睨む「けど、この程度でアタクシからダーリンを奪えると思ったら大間違いよ」


 いや、奪う気ないし、あなたのものでしたら、そもそも手をつける気なんぞまったくございません。どうぞ、末永くお幸せに。心の底からそう思ってます。


「こっちも苦肉の策でね」ソンコさんが答える「この子の親については、まあ、関係あるような、ないような、ってトコ」


「ごまかしたって無駄よ」レイカ様の声は氷のようだ「数奇屋稀介の娘とは知らずに偶然ダーリンにあてがいました、なんて誰が信じると思うの?」


「あの…、父をご存知なんですか?」割って入るのもどうかと思ったが、好奇心が勝る。


「知らないわけないでしょう? 数奇屋稀介よ。アンタも娘だったら、そのぐらいわきまえてるでしょうに」


「あ、すみません。そんなにコケシがお好きとは見えなかったもので」


 レイカ様が絶句し、そしてソンコさんが堪えきれずにふきだした。


「ちょ、アンタ、娘のくせに数奇屋稀介が、何者か知らないの?」


「娘の私が言うのも何ですが」レイカ様が何を興奮しているのかわからない「立派なコケシ職人でした」


「そりゃ、コケシも作ってはいたけど…、ちょ…、アンタ。ソンコ、何なのよ、この子」


 ソンコさんはお腹を押さえて笑い続け、息も絶え絶えだ。レイカ様の怒りに答えるのもままならないよう。あおりをくらって、こっちがレイカ様に怒鳴られる始末だ。


 わけがわからない。


「ごめ…、ゴメン」ソンコさんはそれだけ言うのがやっとのようだ「もうだメ、お腹痛い」


 バカにしてぇ、おぼえてらっしゃい、ぜったい後悔するわよ、と絶叫を残し、レイカ様はお帰りになった。


 後には笑いの止まらないへんなオバサンが残った。


 こうなると使い物にならない。


 携帯のコールが鳴った。笑い声がやかましいので、ここでは電話は取れないと判断し、廊下に出た。


「はい、アキハです」


 電話の主は依頼人の夫人だった。やっとまともな人と話ができて、ホッとした。


「急かすようで申し訳ありませんが」夫人は言う「何かわかりましたでしょうか?」


「成果と言うほどのものはまだ…」


 お気になさらずに、と夫人は言う。半日もたっていないのだから、何かわかるかなど期待していたわけではないが、ひとりであれこれ考えていると、良くないことばかり頭に浮かんでくるのだという。それで迷惑とは思いつつ電話してしまった、と。


 二言、三言、会話を交わすうちに、なぜかもう一度お宅にお邪魔することになってしまった。


 まだ午後3時を少し回ったばかりなので時間的に余裕はあるが、何の話をしたものか、そちらのほうが気が重い。


 約束してしまったので、出向くしかないとは思うが。


 部屋の中では、まだソンコさんが笑っている。



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