第三話 純潔を守る秘宝(2)
「あ、違いますよ。最初に呼び鈴を押すんです」
バッグから鍵を取り出した私にキョージュが言うので、睨みつけた。
「わかってます」
本当に来やがった。コイツもソンコさんも大嫌いだ。
あらためて呼び鈴を鳴らす。
「どなたですか?」
声はインターホンからではなく、玄関のドア越しに聞こえた。
「あの、駿河さんの友人のアキハと申しますが」
「まぁ」声は急に華やかに響いた「お待ちしておりました。どうぞ、お入りください」
手に握った鍵と玄関扉の鍵穴を見つめる。玄関が開く気配はなく。やはりこの鍵で開けるようだ。
キョージュが肘でつんつんするので、もう一度睨みつける「わかってますから」
鍵を差し込んで廻すと、がちゃり、と重い音がした。
「どうぞ、こちらへ。廊下をまっすぐ」玄関を開けてすぐに、声は奥のほうから呼びかけてきた。呼ばれるままに靴を脱いでスリッパに履き替え廊下を進む。
豪華な、とは言いすぎかもしれないが間口の広いゆったりとした家だ。調度も持ち主の趣味の良さが出るようで、落ち着いた雰囲気を感じさせる。
「わざわざ、お出向きいただいてありがとうございます」
リビングで待ち受けていたのは感じの良いご婦人だった。軽く一礼する仕草にも優美さがともなう。セレブってこういう人のことか、などといらぬ雑念が頭をよぎる。
勧められるままソファに腰を降ろした。キョージュも隣に座ったが、まあ、これは仕方がない。嫌だけど。
「お飲み物は何がよろしいでしょうか?」
「あ、あの…、お構いなく」
「ダージリン・オレンジペコが好きです」
キョージュをぎっと睨みつける。夫人は小さく、ほほ、と笑い、お嬢さんもそれで? と尋ねてくる。顔を真っ赤にして声もなく頷く。
夫人が紅茶を煎れに行っている間に、キョージュをつねる。
「何であんなこと言うんですか?」
「好み聞かれたんでしょ? 間違いました?」
「それはそうだけど、あんなずけずけ言うことないでしょ」
「遠慮したんですよ。昼間からブランデーくださいとか言えないでしょう?」
もうコイツには何も言うまい。
ほどなく夫人が盆を持って現れたが、ティーカップの隣にブランデーの小瓶を認めた時は、顔から火が出るかと思った。
キサマは声が大きすぎるんじゃ、内緒話も満足にできんのか。
紅茶を口に含んだが、頭に血が上って味も香りもわからない。
「お一人でお住まいなんですか?」
「ええ」キョージュの問いに夫人は軽く頷く「夫は単身赴任で外国の方に」
外国ですか? と私が問うと、夫人は、フランスです、と返した。
いいなぁ。フランスか。一度行ってみたい。
「実は、相談というのは、その…、夫のことなんです」
「はぁ」頼りなさげに相槌を打ちながら、キョージュのほうを盗み見る。キョージュは、そのまま続けて、という風に目線で合図する。気乗りはしないが、キョージュが聞くよりは私のほうがマシかもしれない。
「ご主人が、どうかされましたか?」
「はい、夫の書斎で不思議なものを見つけてしまいまして」
「不思議な、もの、ですか?」
はい、と頷いた夫人は、どうぞこちらに、と促しながら先に立ってリビングを出て行く。
奇妙な感じは拭えなかったが、他にどうしようもない。夫人に従いこの家の主人の書斎へと向かった。