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術師たち  作者: 二月三月
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第二話 恋が叶う呪文(7)

 

 炎の龍が舞い、赤蛇がのたうつ。


 熱のない灼光だけの溶鉱炉の中を荷駄として担がれて廊下を進んでいく。


 あの短時間でどうやって片づけたものか、リビングは家具もなくまっさらで、真ん中に何故か木製の十字架が立っている。かなり大きなもので、先端が天井に届きそうだ。


 アンボン島はイスラム教とキリスト教が反目しあっているが、アルフル族はそのどちらにも属さないハズ。


 何故、十字架が?


 十字架の周りを囲むように男性と男の子、そして朱の光の帯でぐるぐる巻きにされた繭としか呼びようのないモノが二つ。中身はあまり考えたくない。彼らは深く寝入っているかのようにピクリとも動かない。


 何かやられたんだろうな。薬かな。


 他人のことは、どうでもいい。とりあえず自分のほうをどうにかしないと、状況は限りなくヤバい。


 「ねえ、キョージュ」いまだかつて使ったことのないほどの猫なで声を出してみた「もう、針とかやめにしない? さっき逃げようとしたのは、反省してる。悪かったと思う。でも、動転してたの…、わかるでしょ?」


 「そうですよね」肩から降ろされて、十字架を背にして立たされる。台か何かがあるようで床よりちょっと高い「針は、アキハさんを落ち着かせるためですから。すぐ抜いてあげますよ」


「本当? うれしいわ」我ながらヘドが出そうだ。寒イボが出る。動けるようになったら、コイツどうしてくれよう。そもそも先に逃げ出したのがマズかった。タコ殴りにして行動不能にしてから逃げれば良かった。


 キョージュは私の体を支えたまま、右手を真っ直ぐ横にあげさせる。


「何してるのかな〜?」


「あ、ちょっと、待ってください。すぐ済みますから」右手首を縄で十字架に結わえる。左も同じ。


「おい、こら待て…、何する気だ?」


 だいじょうぶですよ〜、などと言いながらキョージュはしゃがんで私の足のほうで何かしている。


「だいじょうぶじゃないだろ、コラ、オマエ、何でこんな柱に縛り付けるんだ。ヤメロ」


 また首筋に鈍い痛みがあり、四肢の感覚が戻ってきた。予想通り両足首もがっちり固定されている。


「ほらあ、針抜きましたよ」


「針抜いたって動けなきゃ同じだろうが」噛みつこうとしたがかわされた。くそっ、あと少しで右耳が噛み切れたのに「こら、縄を解け、ここから降ろせ、卑怯者」


「じゃじゃ〜ん」


 ヘンな擬音を奏でつつ、キョージュが例の石を取り出した。


「ぃひゃ」


 かつて白かったと思われる石は、もはや血の滴と言って良いほど朱に染まっていた。部屋中の霊焔が呼応し、渦を巻いて何筋もの赤蛇を招きながら輝く。


 キョージュは無造作に胸飾りの中心に石を持ってくる。


「…うわ、やめ、…それだけは、ダメ。いやぁぁぁ。死んじゃうぅぅ」


 だいじょうぶ、だいじょうぶ、と唱えながらキョージュは石を私の胸にくくりつけてしまった。


 胸を中心に皮膚の下を何かの幼虫が這いずり回る感触。死者の石は私を品定めするかのように瞬いた。


「あ、ぁぁぁ、ぁぁぁぁ、ぁぁぁああ」


 もうダメだ。何をしても無駄だ。そう思った。


「は〜い、アキハさん、準備ができたので、そろそろ行きますよ〜」


 イラたつことこの上ないしゃべり口でそう言ったキョージュは、いつの間に錦紗の袋から出したものか、一振りの長剣を右手に握っていた。


 天叢雲剣。


 別名を草薙の剣。


 八岐大蛇の尾から取り出されたと謂われるその剣の周りだけが、紅い炎を排している。いや、剣の周りだけではない。実際には、それを持つキョージュ本人が、炎を退けている。イヤ、イヤイヤ、例えそうであってもキョージュに頼るのはイヤだ。たぶん、剣がスゴイのだ。


「えっとですね〜」キョージュがアホみたいな顔で言う「どんな感じですかぁ?」


「どんなもこんなもなぃぃ。オマエの周り以外は、マッカッカだぁぁぁ」


「あ〜、判りやすい説明ありがとう。マッカッカですかぁ」


 神よ。いま、この男をぶち殺せる力を私にお与えくだされば地獄に堕ちてもかまいません。


 っていうか、なんで、こんなヤツをこの世に蔓延らせておくんだ。神のクソッタレ。


「この家の皆さんはどんな感じです?」


「…皆さん、って、…みな、わぁぁ、ダメ、こっち来んなぁ」


「…よく判らないんですけど。アキハさん…、大変なのは想像できますが、もう少しがんばってくれませんかぁ?」


「だからぁ、みなさん、ってなんだよ。早く助けろよ。オマエだけ涼しい顔してんじゃないよ」


「何人見えますか?」キョージュの口調が変わった。


「二人、ふたり、…ふたりぃぃ。人で見えるのは二人。あとは繭がふたつぅぅぅ」


「繭? あぁ、繭って、ココと、ココ?」


 剣の切っ先で無造作に突いた。灼朱光を纏った繭が僅かに膨潤して振るえる。


「そう、そう、それそれぇぇ、イヤ、クル、ワタシのほうにクルゥ」


 キョージュが剣で撫でた繭から、ぶつぎりにされた蚯蚓のように朱い光が割れて、胸元の石に飛び込んでくる。


「くる、くる、クルゥ。いやぁぁぁ、きちゃ、だめぇぇ」


「ああ、先にこっち片付けちゃいますんで」キョージュはそろそろと剣を引く「アキハさん、もうちょっと頑張ってくださいね〜。すぐですからね〜。だいじょうぶですよぉ」


 ぜんぜん、だいじょうぶ、じゃないんだよ。そもそもオマエの存在がダイジョウブじゃないんだよ。ワタシもダイジョウブなわけないよ。そもそもソレ国宝かなんかじゃないのかよ。そんなゾンザイに扱っていいのかよ。何でもいいから、ここからオロセ。


「いやぁぁぁぁあぁ」たっぷり二個分の繭を解いた残光がゼンブこっちに来た。


 もう、死にたい。


 いっそ殺して。


「よしよし」キョージュが勝手に納得している「じゃあ、そろそろ本気だしますんで、よろしくぅ〜」


 何だって?


 ホンキ出すって?


 じゃあ、いままでのは何だ?


「は〜い、ここから本番」キョージュが大上段に剣を振りかぶる「いっきますよぉ〜」


 キョージュの動きが止まった。


 いや、違う。


 じりじりと剣の先端が振り下ろされてくる。


 部屋の空気が一変した。


 それまでバラバラにのたうっていた部屋中の光がうねりを持って一点に集中してくる。


 もちろん、私の胸にある石に向かって。


 もはや嫌悪とか恐怖とか、一切の人間的な感情を超えて、絶句するばかり。


 光は増す。しかし、キョージュの放つ何かがその光を圧倒して、じわじわと胸の石に押し込めていく。


 キョージュの剣は、もう中断まで下がっている。こんなにゆっくりと剣を振り下ろすなどということができるのだろうか? 太極拳のあの優美で緩慢な動きよりもゆるやかに、しかも決して淀むことなく剣は降ろされてゆく。


「…きょーじゅ」


「何ですかぁ?」


「…がんばって…」


「は〜い、がんばりま〜す」


 何故、そんな声をかけたのか。


 いまだにもって判らない。


 剣の切っ先が下がる。炎はみるみる押されていく。


 部屋のすべての朱が石の中に入ったと見えたその刹那。


「あ」


「え?」


「あお…」


 周りが青になった。


 石が、ぴしっ、と啼いた気がした。


 チッ、と舌打ちが聞こえたと思った瞬間。キョージュが剣を切り返す。


 一瞬でもとの大上段に戻ったキョージュ。


 部屋は当たり前の景色に戻った。

 


 エリ、


 たぶん、エリの母親、


 たぶん、エリの父、


 そして、たぶん、エリの弟、


 みんな見える。


 たぶん…、おわった。



 キョージュが剣を振りかぶったまま、どう、と倒れた。



 何だかよくわからずに呆けていた。


 しばらくして、手首や足首が痛く感じられてきた。


 おーい、とキョージュを呼んでみた。おわったよ。おわったみたいだよ。


 返事がない。


 まわりの家族を呼んでみた。


 おーい。


 もう心配いらないよ。


 縄がちょっと痛いんだ。誰か解いてくれないかな。


 誰も起きてはくれなかった。疲れているのかもしれない。


 私だって疲れている。でも、我慢した。


 庶務班というのがいるのを思い出した。


 少し大きめの声で呼んでみた。


 おーい。


 みんな、おわったよ。


 誰もこなかった。


 もう一度、キョージュを呼んでみた。


 おーい。


 考えてみたら、コイツほど当てにならないヤツもいないのだった。


 急に心細くなってきた。


 おーーーい。


 おーーい。


 ぉーぃ。

 


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