第二話 恋が叶う呪文(5)
見つけたよ、そう言いながらソンコさんはブラウザ画面のプリントアウトをテーブルの上に投げ出した。
「ネットオークションでもう200万超えてるんで、ちょっとした話題になってるみたい。締め切りが延長されてるんでまだ落札には至ってない」
それは白い石だった。中心部がほんのりと朱に輝いている。写真の取り方が悪く、ぱっと見、印象はあまりよくない。アンティークアクセサリーで出品しているところをみると、たぶん、出品者はこれが何なのかよくわかっていない。
「で? どういう事情でこんなことに?」
キョージュの問いにソンコさんが答える。
「エリの母親ってのが、ちょっと手癖が悪くてね。まあ、遊びに行った先でチョコチョコ失敬しては、ネットで売りさばくなんてことをしてるわけ…。もうPTAの中じゃ有名なんで、普通は家に入れたりしないんだけど。転校してきたばかりでそのヘンの事情知らないお母さんが…」
「転校って海外から?」
「いや、国内。でも、お母さんは外国人。国際結婚で旦那が日本人」
「お母さん、どこから来たんです?」
「インドネシア共和国マルク州アンボン」
あいたぁ、キョージュが額を叩いて天井を仰ぐ「セラム島の隣の島じゃないですか…、てことは」
「アルフル族だろうね」
「寄りによって…、死者の石、ですか」
三人は揃ってテーブルの上の印刷物に目を落とす。ただの写真が、邪悪な炎を揺らしたように見えた。
「そりゃ、血眼になって落札しようとするわけだ」
「どうして買い取ろうとするのかな?」ちょっと推移が飲み込めないのでキョージュに尋ねた「コレ落札しようとしてる、ろくでもない奴らって、コレがどこにあるか知ってるんですよね?」
「ええ、そうですよ」
「もともと、その…あまりお行儀の良くない人たちだと思うんだけど、何で盗りにいかないんですか?」
「ああ、そのことですか」キョージュは何を今更、という感じで話し出す「これだけの呪物ですからね。所有権の移譲にはそれなりの対価が必要なんです。金払う程度ではダメなことが多いですが、それでも払わないよりはマシです」
「でも、エリの母親は対価払ってませんよね。その…黙って持ってきちゃったんだし」
「エリの母親とエリは対価を払ってますよ」キョージュの目は真剣だった「いや、正確には、対価を払いつつある、というところですかね。他のご家族はまったくのとばっちりですが、まあ、仕方のないトコでしょう」
迂闊にもそのことにまったく思い至らなかった。まだ私は術師としては半人前なのだろう。
「つまり…死ぬ、ってこと」
「ただ死ぬより、かなり状況は悪いみたいだけどね」ソンコさんが代わりに答えた。
「なんとかならないんですか」
「うーん、まあ」眉間に皺を寄せて、眼鏡の上からキョージュは右手で目を覆った「多分に偶然が重なったとはいえ、これだけ強烈な呪術を敢行してしまったとなると…」
「知らなかったで済ませられる話でもないのよ」ソンコさんが沈んだ声で続ける「せめて呪いが効き出す前なら手の打ち様もあったけど」
「でも、それでも、何かあるハズです」あまり良くわからないが、とにかく、その時はなんとかしなきゃ、と思ったのだ「そりゃぁ、他人のもの黙ってくすねるのは良くないことだし、誰かを呪うのも悪いことだとは思う。でも、それって生きながら地獄に引きずりこまれるほどのことなんですか? どうなんです? ソンコさん、キョージュ?」
二人は項垂れて白い石の写真を見つめるばかり。
「善悪の問題じゃないんです。この世のしきたり、というヤツです」
「一度縁ってしまった因果はね。並大抵のことじゃ…」
「しきたりが何だって言うんです」立ち上がった。これ以上、萎れた二人を見続けるのは、とても嫌だ「しきたりは変えればいい。私たちにできることがあるはずです。何とかしましょうよ。ね」
ショミの声が頭の中にこだまする。
−−もう、エリは駄目かもしれないね
そんなの絶対嫌だ。
「私らで変えるったって、そんな都合の良いこと…」ソンコさんがゆっくりと顔を上げ、私のほうを真っ直ぐに見る。
ソンコさんは、ニマッと笑った。
「…実は、あるのよ〜。アキちゃん」
へ?
「実はあるんですよ、アキハさん」キョージュも顔を上げてニヤリと笑う「とびきりのヤツが、ね〜」
「あるもん、ね〜」
え? え? え? え?
えぇぇぇぇぇ〜?
キョージュとソンコさんは、手に手を取っておちゃらかしている。
「本部からは、良い機会だから思いきり行けっ、て言われたけど、アキちゃんになんて言おうか迷ってたのよ〜」
「まさか、アキハさんが、これほどヤル気とは…。もう障害はありません、思いっきり行きましょう」
「本部からアレの使用許可が出た時から、キョージュやる気まんまん、だったもんね」
「アレは確かに魅力的だけど、アキハさんいないんじゃ威力半減どころか十分の一もでませんから…、ほんと、アキハさんがやる気になってくれて、これほど嬉しいことはありません」
がんばろうね、と二人は私に向かって言った。
な、
な、
なんじゃこりゃ〜。
「アンタたち、私をハメたのか」
「そんなハメるだなんてハシタナイ」と、ソンコさん「アキちゃん、ソンコお姉さんはそんなこと言うアキちゃんはツンツンよ」
「あ、今度の潔斎はちゃんとやってくださいね」キョージュは事務口調に戻った「今度のはこの間の猿の手の比じゃありませんから、きちんと禊いで貰わないと」
じりっ、じりっ、と後ずさる、私の両手を二人が同時に捕まえた。
「だ〜メ」
「逃がしませんから」
ダレカ、タスケテ。