第二話 恋が叶う呪文(4)
「アンタ、術師でしょ?」
七化け地蔵への道すがら、唐突にショミがキョージュに尋ねた。
「よくご存知で」
ショミは顎で私のほうを指す「このオバサンも?」
「あのね、ショミちゃん」一応、年上ということで、すぐには噛み付きはしない「私、アキハっていう名前なの」
「あ、そう」今度は直接聞いてきた「アキハも術師?」
「そうです」
いきなりタメ口かよ、この小娘。
「ふ〜ん」面白そうに口の端をちょっとだけ歪める「こっちの人からは何かがビリビリ来るもんね。アキハは薄ぼんやりしてる」
へえへえ、左様でございますか。薄ぼんやりで悪うございましたわね。
「ずいぶん人望があるようだけど、学校では何かしてるのかな?」
今度はキョージュがショミに尋ねた。意味がわからないらしく、ショミはきょとんとしている。私もキョージュが何を聞きたいのか、わからない。
「ああ、また言い方が悪かったな」キョージュはぶつぶつ言っている「じゃあ、そのものズバリで聞きましょう。アナタの能力は?」
ショミは突然、笑い出した「アンタやっぱりタダモノじゃないね」そして何かを探るようにキョージュの顔色を伺いながら言った「失せ物探し、よ」
ひゅー、とガラにもなくキョージュが口笛を吹く「それは、また、物騒な」
ショミは淡々と話し出した。
「クラスメートの失くした物を見つけてあげてたんだ。で、探し物って、半分くらいは持ち主が失くしちゃうんだけど。残り半分は…」
「誰かが隠してる」キョージュが言う。
「そう」ショミは寂しく笑う「でも、最初はそんなこと判らないから、頼まれるままに、失せ物探ししてた。そしたら…、いつのまにかアタシは虐められっ子を守る代表、みたいな感じになっちゃって…」
「娑婆では正義の味方っていうのは、あまり褒めては貰えませんからね」
「ん、まあ。アタシが何でも見つけちゃうから、そのうち隠すほうは誰もやらなくなったんだ。それだけ…、それで、そっちは済んだんだけど…」
「それだけ、っていうわけにはいきませんね」知った風な口振りでキョージュが言う「人に良いことをしてやると、もっとやってみせろ、と言われます」
「それそれ」ショミは大げさに手を振って笑う「だから、エリも…」
「恋する乙女はやっかいですね」
キョージュの言葉に、ショミは小さく頷いた。
地蔵がいたのは古い荒寺で、門の傍の小さなお堂にちんまり仲良く入っている。一、二…、…六。六体、普通の地蔵だ。
「どこが七化けなのかな?」
「エリのオリジナルなんだ」ショミは言った「七つめの地蔵、七化け地蔵が現れたときに願をかければ願いが叶う」
「現れますか?」
「まさか」ショミは頭を振った「現れないから…」
「自分で地蔵の格好をして立つ…と」
「知ってたの?」
「いや」キョージュは気まずそうにこめかみを掻いた「よくあるパターンなんで」
「そう、そうだよね。よくある話なんだ」ショミは地蔵の頭を撫でている「あの子、こわがりだから丑三つ時なんて無理。いつも夕方ここに来てた。地蔵のフリっていっても赤い小さな前掛けを首につけるだけ。でもエリは一年がんばったよ」
「どうして、それが歪がってしまったのかな?」
「わからない」ショミは自分に呪いをかけている相手とは思えないほど、親しげにエリのことを語る「…もともと、エリは、スドウのことそんなに好きだったわけじゃない、と思う。エリはここで願い事をするのが好きだったんだ。だから、スドウのことだけを思って一年も通いつめたんじゃないんだと思う。エリもちょっと虐められやすいところあったから、恨み言もあったんじゃないかな…、ある時、たまたま何故かそれが効いてしまった…」
「まったくの偶然?」
「わからない、わからないけど…」ショミはキョージュの顔を真っ直ぐに見つめる「とにかく、あの子の呪いは効いてしまった。理由はわからない。まったく突然に…。それで有頂天になって」
「ま、後はだいたい想像つきます」キョージュが言った「得てしてそんなものです。いつものパターンです」
呪詛の痕跡を追おうとしていたのだが、どうもあまりうまくいかない。いままで聞いてきた話を総合すると、かなり威力のある呪詛のハズなのだが、この地蔵のあたりの場は弱すぎてどうしようもないのだ。ショミのほうをチラと覗く、この子、場所間違えたんじゃないのかなぁ。
それでも在るか無しかの痕跡を追おうと、必死になって手繰っていると、突然、場がマッサラになってしまった。
「何するんですか? いきなり」キョージュにくってかかる「浄化するんなら一声かけてください。後追えなくなったじゃないですか」
「え? あ? ごめん、ごめん」キョージュは慌てて謝った「そんなことしてると思わなかったんで…、つい…」
そんなことって、じゃあ、お前は何しにココに来たんだよ?
「じゃあ、エリって子の家に行こう。よし、そうしよう。ショミさん」キョージュはショミに言う「家知ってます?」
ショミは無言で手を上げ指差した。その方向にキョージュが目を向けた時、小さく一言。
「あっち」
何故いままで気がつかなかったのだろう。
ショミの指差したずっと先、小高い丘の中腹にある分譲住宅地の中の一軒。ここからだと芥子粒くらいに小さく見える。
その家が、まるごと、炎でない炎にゆらゆらと包まれて真っ赤に燃えている。
「アキハには見える?」
私の視線とその驚きの表情に、安堵したかのようにショミは手を下ろした。キョージュは何だかわからずオロオロしている。
「そう、あれがエリの家」
そして寂しそうにショミは呟いた。
「もう、エリは駄目かもしれないね」