表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
術師たち  作者: 二月三月
11/82

第二話 恋が叶う呪文(3)

 

 サンタの店では狭くて話もできない。


 やってきた中学生三人を連れて、近くのファミレスに入った。キョージュは前もって席取りしている。


「こんにちは」


 女子中学生たちは何故かキョージュに興味津々だ。


 この人は? と、問われて、キョージュが答える。


「陰陽師です」


 まぁ、そういう風に自己紹介するのも悪くないかもしれない。厳密にはちょっと違うが、一般人にそんなことを言っても始まらない。


 ホンモノ? という感じで女の子達はこそこそ話している。キョージュは黙ってナプキンを取ると、折紙をはじめた。


 二十秒ほどで小さな犬を折り上げるとテーブルの上に置いた。


 彼女たちは息を殺して紙の犬を見つめている。


「そんな一生懸命見ても、吠えたりしませんよ」


 なあんだ、と彼女らが失望を顔に浮かべた時。


 犬に羽が生えた。


 ばさっ、と二、三度羽ばたくと、犬は飛び上がって女の子たちの間を三度巡り、ひらりと自らを解くとナプキン入れに収まった。


「すごい」左の子が声を上げた。


「本物だ」右の子が何かのこもった瞳でキョージュを見つめる。


 なるほど、こういうのが一般受けするわけだ。いつか使うときもあるかもしれないし覚えておこう。


「水干とか着るの?」右の子が尋ねる。


「着ませんね。最近は」キョージュが答える「もともと陰陽師というのは実用を重んじるので。水干というのは昔の背広みたいなものですよ」


「じゃあ、水干に魔力があるわけじゃないの?」右の子がつぶやいた。


「はい」キョージュは微笑んで頷く「そうですね。お医者さんの白衣みたいなものだと思っていただいて結構です」


 水干を魔導着か何かと勘違いしているらしい。


「ほかにどんなことできるの?」今度は左の子だ「たとえば…恋人ができるおまじないみたいなのとか…」


「もちろん、できますよ」


 キョージュの言葉に左右の子の瞳が輝いた。おい、そんなこと言っちゃって大丈夫なのか?


「古代、権力者の寵愛を受けるというのは、権力への一番の近道だったのです。我々、陰陽師がもっとも活動していた頃の仕事は主に二つです。敵を呪い殺すことと…」


 左右の女の子は固唾を飲んでキョージュの言葉を待っている。


「自分の近親の娘を王の后にすることです」


女の子たちは顔を見合わせる。そして一斉にキョージュを向いて。


「じゃあ…」


「できるのね」


「命がけですけどね」キョージュはさらりと言ってのけた。


「呪法としてはもっとも研究されつくしたもののひとつですから、そりゃ、威力は凄まじいものです。ただ、失敗したときの反動はただ事じゃない。まあ、対象者の命はもちろんですが、施術した陰陽師の方も危ない」


「でも、そういうスゴいのじゃなくて、簡単なのも…」


「効きませんよ。簡単なのは」キョージュには情けとか容赦とかいうものはないらしい。


「あの、効き目はあまりなくても…」


 放っておくと止まりそうにないので、私のほうから話を切りだした。


「あなたたちの学校で、呪いをかけられた子がいるらしいんだけど、詳しい話聞かせてくれる?」


 左右の子たちは、真ん中の女の子を見た。彼女が目で促すと、二人はいっぺんに話し出した。


「エリなの…」


「エリは気に入らないコを呪うの」


「エリはスドウ先生が好きなの。だからスドウ先生がかわいいって言ったコは呪われるの」


「でも、そうでなくても呪うの」


「みんな呪う。毎日呪う」


「でも、ショミは呪われても平気」


 そう言って真ん中の子を見る。彼女が何も言わないので、またしゃべり出す。


「あたしたちはショミに守られてるから大丈夫。サンちゃんにも」


 サンちゃんというのはサンタのことかな。


「でも、ショミもみんなを守れるわけじゃないの」


「やっつけちゃえ、ってショミに言ったんだけど、そういうことはしないんだって」


「ショミも大変なんだって、サンちゃんが言ってた」


「だいたい判ったわ」実はあまりよくは判らないのだが、そう言わないと止まる感じがしない。このままでは埒が開かないので真ん中の子に聞いてみた「ショミちゃん、だっけ? あなたはどう思う。…その、エリちゃんて子についてだけど…」


 問いには答えず、ショミはキョージュに向かって言った。


「その権力者の寵愛を得る、とかいうのアタシにやってくれない?」


 何だコイツは?


「その必要があるとは思えませんが?」訝しげに、キョージュは答えた「アナタなら素で迫れば大抵の男はイチコロですよ」


 確かにキョージュの言うことも一理ある。腰にとどきそうに長い髪を二つに分け、大きく出した富士額に宿る意志の力は、切れ長の目と大理石のように白く緻密な肌と相まって、中学生とは思えない、妖艶と言っていいほどの魅力を醸し出している。


「一応はやってみてるんだけど、アタシはスドウの好みじゃないみたい」


 まだ見ぬスドウ先生には、全くもって同情を禁じ得ない。しかし、ショミの目的はそうではないらしい。


「スドウがアタシにゾッコンてことになれば、呪いはアタシにだけ集まる」


「ダメだよ。そんなことしたら、本当に死んじゃうよ」


 右の子がショミを諫める。彼女は本当に泣き出しそうだ。


「そうだよ。エリの魔力が強くなってる、って言ってたのショミじゃない。そんな危ないことしちゃダメ」


 あー、こほん、とキョージュがわざとらしく咳払いをした「スドウ先生をどうにかするのはお断りしますが、エリという子の件は引き受けますよ」


 ほらね、とショミが二人に目配せした。


「エリはどうやって相手を呪うんですか?」キョージュが尋ねた。


「エリはラ・ムーの生まれ変わりだって言ってる。ラ・ムーはムー大陸の女神官で女王、それで誰でも呪い殺せるんだって」


「真夜中の二時に、七化け地蔵の前で、黒いケープを着たエリが生け贄を捧げるの」


 ムー大陸と地蔵…、頭が痛い。


「場所知ってるよ」ショミが言った「案内しようか?」


 左右の二人が同時に、ぎゅっ、とショミの腕を握りしめる。その肩が小刻みに揺れ、彼女たちの唇は紫色に変わった。


「アンタたちはお帰り」ショミは優しく二人に言った「アタシは大丈夫だから、この人と、このオバサンがいるんだから、なんとかなるハズ…。そうだよね」


 オバサンは余計だろ。オバサンは。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ