第二話 恋が叶う呪文(3)
サンタの店では狭くて話もできない。
やってきた中学生三人を連れて、近くのファミレスに入った。キョージュは前もって席取りしている。
「こんにちは」
女子中学生たちは何故かキョージュに興味津々だ。
この人は? と、問われて、キョージュが答える。
「陰陽師です」
まぁ、そういう風に自己紹介するのも悪くないかもしれない。厳密にはちょっと違うが、一般人にそんなことを言っても始まらない。
ホンモノ? という感じで女の子達はこそこそ話している。キョージュは黙ってナプキンを取ると、折紙をはじめた。
二十秒ほどで小さな犬を折り上げるとテーブルの上に置いた。
彼女たちは息を殺して紙の犬を見つめている。
「そんな一生懸命見ても、吠えたりしませんよ」
なあんだ、と彼女らが失望を顔に浮かべた時。
犬に羽が生えた。
ばさっ、と二、三度羽ばたくと、犬は飛び上がって女の子たちの間を三度巡り、ひらりと自らを解くとナプキン入れに収まった。
「すごい」左の子が声を上げた。
「本物だ」右の子が何かのこもった瞳でキョージュを見つめる。
なるほど、こういうのが一般受けするわけだ。いつか使うときもあるかもしれないし覚えておこう。
「水干とか着るの?」右の子が尋ねる。
「着ませんね。最近は」キョージュが答える「もともと陰陽師というのは実用を重んじるので。水干というのは昔の背広みたいなものですよ」
「じゃあ、水干に魔力があるわけじゃないの?」右の子がつぶやいた。
「はい」キョージュは微笑んで頷く「そうですね。お医者さんの白衣みたいなものだと思っていただいて結構です」
水干を魔導着か何かと勘違いしているらしい。
「ほかにどんなことできるの?」今度は左の子だ「たとえば…恋人ができるおまじないみたいなのとか…」
「もちろん、できますよ」
キョージュの言葉に左右の子の瞳が輝いた。おい、そんなこと言っちゃって大丈夫なのか?
「古代、権力者の寵愛を受けるというのは、権力への一番の近道だったのです。我々、陰陽師がもっとも活動していた頃の仕事は主に二つです。敵を呪い殺すことと…」
左右の女の子は固唾を飲んでキョージュの言葉を待っている。
「自分の近親の娘を王の后にすることです」
女の子たちは顔を見合わせる。そして一斉にキョージュを向いて。
「じゃあ…」
「できるのね」
「命がけですけどね」キョージュはさらりと言ってのけた。
「呪法としてはもっとも研究されつくしたもののひとつですから、そりゃ、威力は凄まじいものです。ただ、失敗したときの反動はただ事じゃない。まあ、対象者の命はもちろんですが、施術した陰陽師の方も危ない」
「でも、そういうスゴいのじゃなくて、簡単なのも…」
「効きませんよ。簡単なのは」キョージュには情けとか容赦とかいうものはないらしい。
「あの、効き目はあまりなくても…」
放っておくと止まりそうにないので、私のほうから話を切りだした。
「あなたたちの学校で、呪いをかけられた子がいるらしいんだけど、詳しい話聞かせてくれる?」
左右の子たちは、真ん中の女の子を見た。彼女が目で促すと、二人はいっぺんに話し出した。
「エリなの…」
「エリは気に入らないコを呪うの」
「エリはスドウ先生が好きなの。だからスドウ先生がかわいいって言ったコは呪われるの」
「でも、そうでなくても呪うの」
「みんな呪う。毎日呪う」
「でも、ショミは呪われても平気」
そう言って真ん中の子を見る。彼女が何も言わないので、またしゃべり出す。
「あたしたちはショミに守られてるから大丈夫。サンちゃんにも」
サンちゃんというのはサンタのことかな。
「でも、ショミもみんなを守れるわけじゃないの」
「やっつけちゃえ、ってショミに言ったんだけど、そういうことはしないんだって」
「ショミも大変なんだって、サンちゃんが言ってた」
「だいたい判ったわ」実はあまりよくは判らないのだが、そう言わないと止まる感じがしない。このままでは埒が開かないので真ん中の子に聞いてみた「ショミちゃん、だっけ? あなたはどう思う。…その、エリちゃんて子についてだけど…」
問いには答えず、ショミはキョージュに向かって言った。
「その権力者の寵愛を得る、とかいうのアタシにやってくれない?」
何だコイツは?
「その必要があるとは思えませんが?」訝しげに、キョージュは答えた「アナタなら素で迫れば大抵の男はイチコロですよ」
確かにキョージュの言うことも一理ある。腰にとどきそうに長い髪を二つに分け、大きく出した富士額に宿る意志の力は、切れ長の目と大理石のように白く緻密な肌と相まって、中学生とは思えない、妖艶と言っていいほどの魅力を醸し出している。
「一応はやってみてるんだけど、アタシはスドウの好みじゃないみたい」
まだ見ぬスドウ先生には、全くもって同情を禁じ得ない。しかし、ショミの目的はそうではないらしい。
「スドウがアタシにゾッコンてことになれば、呪いはアタシにだけ集まる」
「ダメだよ。そんなことしたら、本当に死んじゃうよ」
右の子がショミを諫める。彼女は本当に泣き出しそうだ。
「そうだよ。エリの魔力が強くなってる、って言ってたのショミじゃない。そんな危ないことしちゃダメ」
あー、こほん、とキョージュがわざとらしく咳払いをした「スドウ先生をどうにかするのはお断りしますが、エリという子の件は引き受けますよ」
ほらね、とショミが二人に目配せした。
「エリはどうやって相手を呪うんですか?」キョージュが尋ねた。
「エリはラ・ムーの生まれ変わりだって言ってる。ラ・ムーはムー大陸の女神官で女王、それで誰でも呪い殺せるんだって」
「真夜中の二時に、七化け地蔵の前で、黒いケープを着たエリが生け贄を捧げるの」
ムー大陸と地蔵…、頭が痛い。
「場所知ってるよ」ショミが言った「案内しようか?」
左右の二人が同時に、ぎゅっ、とショミの腕を握りしめる。その肩が小刻みに揺れ、彼女たちの唇は紫色に変わった。
「アンタたちはお帰り」ショミは優しく二人に言った「アタシは大丈夫だから、この人と、このオバサンがいるんだから、なんとかなるハズ…。そうだよね」
オバサンは余計だろ。オバサンは。