第二話 恋が叶う呪文(2)
アクセサリーショップと呼ぶには、あまり相応しくない店だった。
ファントム・ショップ・サンタという店名はともかくとして、店の中の商品がヤバイ。
威力はまちまち、値段相応ではあるが、そのほとんどすべてが何かの力を秘めている。マジで。
真物のみを販売しているオカルトショップって、いまの時代に、こんなんありか?
呪物を掻き分けて店の奥に向かうキョージュは店主と思しき人物に声をかけた。
「お久しぶりです」
「こんちは、キョージュ…って、あれっ?」
揉み上げを胸まで垂らした茶髪の兄ちゃんは、キョージュの後ろにいる私に微笑みかけた。
「アキ姉さんじゃない…すると?」
目配せを向けられたキョージュは軽く頷く。
へぇ〜、と愉快そうに目をくるくるさせて、彼は一人納得したようだ。
「あんたが、こんなところで、こんな怪しげな店やってるとは知らなかった」私はサンタに言った「昔よりは少しマシになったみたいで何よりね」
サンタとはもう一年近く会っていない。同い年だし、経歴では向こうの方が先輩のはずだが、何故だか私を「アキ姉さん」と呼ぶ。
「ま、その話は後にしてもらって」キョージュはサンタに尋ねた「どのくらい話せそうかな?」
「うーん、5分ぐらいかな」サンタが言う「最近、俺、ちょっぴりセンシティブだから、それくらいで話まとまりそう?」
「無理だと思います。仕方ないですね」ここでキョージュがこっちを見る「じゃ、アキハさん。あとはよろしくお願いします」
問い返す暇もない。キョージュはすたすた店の外に出て行ってしまった。
「またね〜。キョージュ」
サンタは屈託のない笑みでキョージュを見送った。
「どういうことよ?」
「どうって? 俺もうキョージュとは長時間一緒にはいられないんだよ」立ち話もなんだしね、とサンタに丸イスを薦められる「アキ姉さんの前の前になるのか、キョージュと仕事して壊れちゃったの」
良くて廃人だよ、とソンコさんは言っていた。
「ま、壊されなくても、キョージュにはあまり近づきたくないんじゃないの、この業界の人間なら。アキ姉さんは別だろうけどさ」
「私が別ってどういうことよ?」
「だって見えないんだろう? キョージュのこと」
そう聞いたよ、とサンタは言う。誰に聞いたのさ、と問うと、みんなそう言っている、と。
みんなって誰だよ。
みんなはみんなだよ、とサンタは笑う。
「それにしても、アキ姉さんが、いま話題の『キョージュの女』だったなんて、びっくりだよ」
何だとぉ?
立ち上がってカウンターを思い切り叩いたが、サンタはヘラヘラしている。そう言えばこんなやつだった。ぜんぜんビビらない。キョージュと違って可愛げがない。
「ま、そういう話はおいおいね。暇なときにでも聞きに来るといいよ。俺も暇だしね」
そもそも、今日は別の用事で来たんでしょ、と言われてやっと用件を思い出した。よくわからないがキョージュは直接サンタと話せないみたいだし、代わりに聞くしかない。
来栖野女子のことではサンタも困っているのだという。
「ウチのお得意さんも何人かやられてるんだ。始まってすぐくらいに位の高い護符に切り替えたんで被害は軽いんだけどね。それがまたムコウの癪に障ったらしい」
「ムコウって?」
「呪詛者だよ」
「何でほっとくのよ? 潰せばいいじゃない。相手がわかってるんなら」
「だって、相手は素人だもん。逆に手出しできないよ」
「素人がなんだって何十人も呪えるのよ。無茶言わないで」
「ホントだもん」
「うまいこと言って、あんたが呪いかけてるんじゃないでしょうね。それでこの店の売り上げアップとか」
「ご冗談」サンタは手をヒラヒラさせて否定する「この店のブツ見たでしょ。女子中学生に買えるようなもんじゃない。だから普段は一番位の低いの売ってるの、彼女たち相手には。それでもそこそこの値段だから金工面するのはそれなりに大変かもね」
金の出所は気にしないんだ。と、サンタはヘラヘラ笑う。
「でも、お得意さんだしね。今回だけは出血大サービス。常連の子には効く方を配った」
「常連じゃない子には?」念のため聞いてみる。
「何もしてないよ」
やっぱり。
「でも、ムコウが躍起になって、こっちのお得意さんばかり狙うようになったから、間接的には助けになってるのかな」
「でも相手が素人なら、これ以上ひどくなるってことないんでしょ」
「さあ?」サンタは首を振った「なんかムコウの力が上がってきてるみたいだし、あまりもたないかも」
「マジで?」
「マジで」
これは、どう考えてもおかしい。サンタが本気で作った護符が素人の呪いを返せない、なんてことがあるはずがないのだ。
「裏があるの?」
「さあ?」サンタは首を傾げた。ただ、そういうポーズをとったからといってサンタが何かを考えてると思ったら大間違いだ。コイツはそういう男だ。
「結局は俺もまた聞きだからさ」サンタはカウンターに頬杖をついた。なにやら頭が重そうだ「常連の子、呼んどいたんで直接話聞いてみれば?」
「へ?」
「来栖野女子のコ。占いのオバサンが来るから相談してみな、って言っといた」
オバサン、ってアンタ。
思わず言葉を飲み込んだ私に向かって、サンタはだるそうに欠伸した。