第2話 先客と地下研究施設
方針は決まった。
俺は、闇に紛れて音もなく門番に近づく。
門番は2人。気配を完全に消し去り1人目の体に触れ、素早くトリガーワードを詠唱する。
「紫電」
そうつぶやいた瞬間、門番は一瞬体を痙攣させ、糸が切れたように昏倒する。
「だれ・・・!」
物音に気付いた2人目の門番が声を上げかけ、振り向こうと体をよじる。
俺は素早く近づき、その動きに合わせるように背後から相手の左腕を引き、相手の振り向く力を利用して門番の重心を崩す。
門番が体制を元に戻そうとするその力を利用してさらに一歩踏み出し、相手の腕を引きながら門番の首に腕を回し込むように振りかぶる。
ほんの僅かな力で門番の体は面白いように宙を舞い、空中で3回転。そのまま地面へと背中からたたきつけ気絶させる。
「無幻水心流"流水身"。」
『2秒で2人とは。今日はいつになく冴えておるの。』
「まあな。」
門番を無力化し素早く中に侵入すると前方にやや武骨な建物が見える。
『どこから入るつもりじゃ。』
「もちろん正面突破一択。」
『はー。お前というやつは。 瀧矢から不争の心得を習わなかったのか。』
「・・・おやじの話は勘弁してくれよ。」
そう言いながら俺は建物の正面の立派な両扉に向かい走る。扉前には衛兵の姿はない。
素早く扉に近づく。
「先ほどの貴族の案内で出払っているか? どちらにしろ好都合だ。」
『中は見えるか?』
モノクルをかけた右目に魔力を込める。青白い光彩がわずかに光る。
「”彗心眼”で見た限りでは人はいないようだな。少し待ってくれ。・・・”電磁気短波探知”」
しばらくするとモノクルに内部の様子が見取り図のように表示される。
ところどころにある点は”彗心眼”で見た霊子結晶の反応情報を反映しているのだ。
ここから探知できる範囲で1階は3人、2階は4人、いや5人か。
屋敷の大きさにしては人が少なすぎるな。先ほどの馬車の連中の姿も確認できない。
「地下施設があるはずだ。 カラドリウスの反応も消えている。」
『ソナーでは見切れない地面の下にいるというわけか。可能性は高そうじゃの。』
素早く屋敷に侵入し、探索する。
しばらくして、厨房の食糧庫と思われる場所の反応が侵入時から全く動きがないことに気づく。
「おかしいな。厨房奥の食糧庫らしき場所の反応が微動だにしない。」
『居眠りでもしているのか…もしくは死んでおるか。』
「いや、死んでいる場合は俺の”彗心眼”には引っかからない。眠っていてもわずかな霊子結晶の動きはあるもんだが。・・・行ってみるか。」
厨房を抜け、食糧庫と思われる扉の前まで来て壁に身を寄せる。
扉がわずかに空いている。
ゆっくりと扉を開けながら中をのぞくと、そこには気絶し倒れ伏した護衛風の男が2人いた。
「こいつら奴さんの移動中に護衛していた連中だな。どうやら俺らのほかに先客がいるようだ。」
それにしても、護衛2人はそこそこの腕前をしているようだったが、一撃で2人の意識を刈り取るとは、かなりの腕前だ。
『どうする柳二?』
顎に手を当て、一瞬の逡巡の後、結論を出す。
「もちろん突き進むさ。」
『そうじゃな。 あの女の子を救ってやらねばな。』
食糧庫を丹念にソナーで探ると、案の定隠し通路を見つけた。罠の可能性も考慮して慎重に開け、下りてゆく。
『ずいぶんとオリジンの濃度が高くなってきたわい。こりゃぁ一気に犯罪臭がしてきたのう。』
「ああ。ここには何かありそうだ。」
しばらく進むと薄暗い階段を降りると左右に続く廊下らしきものに突き当たる。
通路は石壁、石畳でところどころにランプが点在する薄暗い人工の通路だ。
「これだけオリジン濃度が高いと彗心眼による長距離感知は効きにくいな…」
そう悪態をついて、俺は何となく左側(東側)通路を選択する。
廊下を進んでいくといくつかの小部屋があり、さらに通路が幾本か続いている。全容はなかなか把握しきれない。
たいていの部屋は研究員が寝泊まりできるような個室や会議室のようなもので、そのどれもがもぬけの殻だった。
どれも直前まで生活していた後があるにも関わらず、ここで研究していたと思われる連中が見当たらない。
まるで慌てて逃げ出したかのようだ。
捜索の途中、ようやく数人の警備兵に遭遇する。
出会い頭に無力化し、彼らに優しく尋ね(尋問す)るが、残念ながら青いカラドリウスや少女について下っ端の彼らは何も知らないようであった。
ついでに、ここの住人の所在も尋ねると、すでに西側研究施設に侵入者があり緊急避難した後とのこと。
どうやら先客が現在進行形で暴れまわっているらしい。
『先客は、逆方向だったようじゃな。』
「ずいぶん派手に暴れまわっているようだが、このタイミングでの侵入者。青いカラドリウスといい…気になる。」
『気持ちはわかるが、あまり期待しすぎるでないぞ。』
「…分かっているさ。」
『逆方向にいかなくていいのか?』
「いや。ひとまずこちら側を探索した後にしよう。」
暫く捜索すると今までとは異なる両開きのドアを見つけ侵入する。
そこには何かの報告書と思われる書類や日記らしきものが散乱していた。
その大部分は暗号化されて読み取れない。
「どうだ?ばあちゃん。」
『今までにない暗号じゃな。解読には時間がかかる。どうもここは教会の裏の顔である霊子結晶の研究施設の一つで間違いないようじゃが、挿絵やグラフなどから察するにアニマ融合をテーマにしたものが多いようじゃ。』
一旦言葉を区切り、こう続ける。
『魔物と人の融合のな。』
その部屋の奥に”ラボ”という札がかかった別の部屋につながる鉄扉があった。
鍵がかかった扉をこじ開け中に入ると、肉が腐った様な刺激臭が襲い反射的に鼻をつまむ。
扉の奥に続く通路の側面には鉄格子のはめられた牢屋のようなものがいくつも並んでいた。
一番手前の牢屋の上部に立てかけられている札を読む。
”実験体α―231―c (投薬後経過観察中)”
中を覗くとそこには何か蠢くモノがあった。
四足歩行動物の面影はあるが、顔面は膨れ上がり、背中から手のような、触手のような得体のしれないものが生え、うごめき、足は折れ曲がり折れた部分から緑色の液体がにじみ出ていた。
かすかに息をしているが、もはや原型が判別できず、生理的に嫌悪感を抱かせる姿だ。
「相変わらず胸糞悪い連中だ。」
思わず顔をしかめてつぶやいた。
さらに進むと、一番奥の鉄格子だけ鍵が開いていた。しかも他の牢に比べ人が頻繁に出入りしたようなわずかな痕跡があった。いかにも怪しい。
檻の奥に屈みこみ地面に手をそえて電磁気短波探知で入念に探る。
「ビンゴ。 隠し扉か? いや、通路だな。 搬入搬出用の通路という感じか。」
よく見ると、地面に継ぎ目がある。
そこを無理やりこじ開けるとさらに地下につながるスロープが出現した。
「いいね。 じゃ、行きますか。」
俺は躊躇なく暗がりに続く通路に足を踏み入れた。