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第11話 赤い髪留め

◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 柔らかな光に目を覚ますと、見慣れない白い天井が見えた。


 私は白いシーツをかけられ見慣れないベッドに寝ていたようだ。


 ここはどこだろう? そんなことをぼんやりと考え周りを見渡すと同じようなベッドがいくつも並んでいる。


 そして、包帯を巻いたりしている人が何人か同じようにベッドで寝ている。


 その人たちを看護しているのか、シスターが数名せわしなく動き回っていた。


 周りを見ると、どうやらテントの中みたいだ。



 なんでこんなところにいるんだろう?と考え、ようやく先日のことをぼんやりと思い出す。


「私… そうだ!? よくわからない暗い所に連れていかれて…」



 自分の身に起きた出来事を思い出し、今更ながらとても怖くなって体が震える。



 あの(にび)色の眼。何処までも深く、何処までも暗い。見ていると何処までも落ちて行ってしまいそうな奈落のよう。


 あの白衣の人の眼を思い出すだけで、心臓を直接握られたかのように体が動かなくなる。胸が締め付けられ、息ができない。・・・寒いよ。




 でも、何だろう? ふと、あの不思議なお兄ちゃんを思い出す。


 それだけで胸の奥があったかくなって、まるでお母さんに抱っこされているみたいに安心する。


 不思議とさっきまでの震えがなくなっているのに気づく。




 あの時。奈落の底に落ちて溺れて苦しんでいた時、あのお兄ちゃんが手を握って引っ張り上げてくれたような気がする。


 とっても大きな手で、ギュッと抱きしめてくれた。それにとっても大きな背中。


 記憶はあいまいだけど、お兄ちゃんは本当に来て、助けてくれたんだと思う。



「私。お兄ちゃんにお礼を言ってない。」



 そう思ったら、いてもたっても居られず、ベッドから飛び起きて、はだしのままテントを出る。




 テントの外に出ると目の前に端っこが崩れ落ちた立派な屋敷が見えた。門のところにいる警備のおじさんみたいな恰好の人がいっぱいて、走り回っていた。


 崩れ落ちた屋敷の地面には大きな穴が見えた。




 庭園を走り回ってお兄ちゃんを探したけど見つからない。



「はぁ、はぁっ・・・。 お兄ちゃん、いなくなっちゃったのかな?」






 お礼をちゃんと言えなかったことに少し落ち込んで、トボトボとテントに向かって歩いていると、そのテントからシスターに連れられてお父さんとお母さんが出てくるのを見つけたのだ。



「お母さん! お父さん!」


「アメリア! 無事だったの!?」


 そう言ってお母さんが駆け寄り、涙を流しながら抱きしめてくる。お父さんも安心した顔で覆いかぶさるように抱きしめてくれる。


「よかった。 本当に良かった。 ケガはない?痛いところは?」


「うん。大丈夫だよ! どこも痛いところないよ。」


「アメリア。 本当に心配したんだから。 顔見知りの衛兵さんから聞いてびっくりして飛んできたのよ。」


「昨日からずっと探して、見つかったと思ったらここに倒れていたって言うじゃないか。 父さんホント心臓が止まるかと思ったよ。 でも、無事でよかった。」


「うん。…ごめんなさい。 昨日ピーちゃんを探して歩いていたら、悪い人に目隠しされて…。」


「あぁ。かわいそうなアメリア。 本当に怖い思いをしたのね。 本当に無事でよかった。」


 お母さんはそう言って、一層強く私を抱きしめる。


「なんてことだ・・・“厄災”に攫われたなんて。 アメリア。 本当に無事でよかった。」



 そういって父さんは涙を流しながら頭をなでてくれた。とても安心する大きな手だった。



「誰かに連れてこられたのはそうなんだけど・・・その“厄災”って何のこと?」


「あぁ。そうか。 アメリアは知らないのかい? “厄災”ってのはとっても悪い人のことで、色んな場所でいっぱい人を殺した悪魔みたいな人のことだよ。 何でも、灰色の長髪に左右の色が違った怖い目をした男だって言われているね。」


「え!?」


「このお貴族様の屋敷に侵入して、目の前の大惨事を引き起こしたってことみたいだ。アメリアを攫ったばかりか、罪もない多くの人をいっぱい殺した、悪魔のような悪い人だよ。 本当に許せない!」


 ちょっと待ってお父さん・・・灰色の長い髪で左右の眼の色が違う?


「その人、何ていうんだろう、・・・目にガラスをつけてたりする?」


「!? “厄災”は片眼鏡をつけているなんて噂もある。 アメリアその人の顔を見たんだね?」


 いつもは優しいお父さんが、今まで見たこともないような怖い顔をして私を問い詰める。


「そうだけど・・・でも違うの! お父さん。聞いて! その人は悪い人じゃないの!」


「何を言っているんだ、アメリア。“厄災”は全ての人の敵で、町一つを壊滅させた悪魔だ。神に仇なす大罪人だ。 その“厄災”に出会って生きているなんて本当に奇跡なんだよ?」


「アメリア・・・ 何を言っているの? やっぱり少し混乱しているのね? もういいのよ。今は怖いことは思い出さなくていいからね。」


 そう言ってお母さんとお父さんは私の話を聞こうとしてくれない。


「お母さん。お父さん。 私の話をちゃんと聞いて!」


 そう私が必死に説明しようとしたとき、お父さんとお母さんの後ろにある茂みが揺れ、そこから出てきたヘッジストートが目に入った。


「!? あのハリネズミちゃんは!」


 お兄ちゃんが連れていたハリネズミだ。そう思った私はお父さんとお母さんをそっちのけで、その茂みに向かって走った。


「「アメリア!?!」」





 ハリネズミちゃんはすばしっこくて、気づいたら屋敷の端の方の茂みまで来ちゃったみたいだ。


 やっと捕まえたと思って手を伸ばした時、木の陰から出てきた黒いマントを着た人にするすると駆け上ってその首元で止まった。


「よう。元気そうで安心した。」


「お兄ちゃん!」


 思わずお兄ちゃんに抱き着く。やっと会えた!


「おっと!? お嬢ちゃん。あんまり知らない人にくっついたりしちゃだめだぞ。」


 なんだかちょっと困った顔をしているお兄ちゃんを見て少し笑っちゃう。


「お兄ちゃん。私ずっと探していたんだから。 ちゃんとお礼を言ってないから。 あんまりちゃんと覚えてないけど、助けてくれたのはお兄ちゃんでしょ? 本当にありがとうございます。」


 そういってお母さんに言われた通り、しっかり頭を下げてお礼を言う。


「あぁ…うん。まあな。 大したことじゃない。ついでだ。気にするな。」


 照れ臭そうに頬を掻いているお兄ちゃんも、なんだかおかしい。

 

 お兄ちゃんは屈んで私と視線を合わせると、真剣な顔をしていう。




「それより、お嬢ちゃんにきちんと言っておかなきゃならないことがあるんだ。」


「お嬢ちゃんじゃないよ。 私、アメリア!」


「あぁ。ではアメリア・・・。 お母さんとお父さんは好きか?」


「うん? うん。だいだいだーい好きだよ。」


「そうか。 じゃあ、お母さんとお父さんを悲しませないために一つ約束をしてくれ。」


「お兄ちゃんとの約束なら、私なんだって守るよ!」




「…いいかい。 アメリアがここに連れてこられてから、さっきのベッドで目が覚めるまでに起こったことは、全部誰にも言わないって約束してくれないか?」


「うん・・・でも。 でも、そうするとお兄ちゃんに助けてもらったことが言えなくなっちゃう。 お母さんもお父さんもひどいんだよ? こんなに優しいお兄ちゃんのこと悪い人だって。 私のこと助けてくれたのに!」


「アメリア。これはとても大事なことだからよく聞いてくれ。 もし本当のことを言えば、もしかしたらあの怖い白い服を着た悪い人がまたアメリアを攫いに来るかもしれない。それに、アメリアだけじゃなくて、大好きなお母さんやお父さんもひどい目に合うかもしれない。 だから、どんなに俺の悪口を言われても、絶対に言っちゃだめだ。 お母さんとお父さんのためにも。 わかるか?」


「・・・白い服の人。 あの怖い眼をした人?」


「ああ。そうだ。あの怖い人がいっぱい来てみんなにひどいことをするかもしれない。 だから、絶対に言っちゃだめだ。」


「・・・・うん。 ・・・・わかった。 でも、私悔しい。お兄ちゃんいい人なのに。」


「ありがとうアメリア。 でも、俺が悪い人じゃないってことはアメリアが知っていてくれれば俺はそれで充分さ。 いいかい、これは“二人だけの秘密”だ。」


「・・・うん。 わかった!約束する。 悪口言われても絶対に我慢する。」


「いい子だ。」


 お兄ちゃんはそう言って私の頭をなでてくれる。しばらく大きな手でなでられるのに甘えていると、森の入り口のほうからかすかに私を呼ぶ声が聞こえてきた。


「そろそろお別れだ。 最後にアメリアに依頼達成の報告をしておかなきゃな。 アメリアのお友達のピーちゃんは、ちゃんと鳥籠から出て自由になったぞ。今は元のご主人様のところにいる。」


「お兄ちゃん、ありがとう! ・・・最後にピーちゃんに会いたかったな。」


 そう呟いてすぐに、自分が報酬のお金を持っていないことに気づく。


「あ!? ・・・ごめんなさい。私、今お礼のお金を持っていないの。」


「大丈夫。すでにもらってるからね。知っての通り僕は嫌われ者だ。だからアメリアが友達になってくれたことが何よりの報酬さ。」


 そういってお兄ちゃんはウィンクをして立ち上がり、帰ろうとする。


 私は何かお礼ができないかと必死に考え、お兄ちゃんの流れる長髪を見て一つだけ思いつき、咄嗟にそれを手に取った。


「待ってお兄ちゃん! 今はこれしかないけど、お礼。 もらってくれる?」


 お兄ちゃんは一瞬困ったような顔をして、そのあと笑顔で受けとり頭をなでてくれる。


「あぁ。ありがとう。大事にするよ。」


 そういって後ろを向いて去っていく。


「お兄ちゃん! 最後に名前を教えて!」


 私の呼びかけにお兄ちゃんは軽く手を挙げて、でも私の問いに答えずに振り返ることなく森の奥に消えていった。


(……さよなら。 私の白馬の王子様。)




少女のつぶやきと涙は誰にも届くことなく、森に溶けて消えていった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆




まるで先日の騒動が夢であったかのように雲一つない快晴の下、さっきまでいた街の城壁を高台から見下ろす。


つぶらな瞳の小動物が俺をのぞき込んで聞いてくる。


『本当にあれで大丈夫かのう。』


「ま、大丈夫だろ。 研究所の記録を見る限り直前にさらったアメリアの記録はなかったし、一応念のため足がつかないよう日の出前にギルドに潜入してアメリアの依頼記録を抹消しておいたから、アメリア自身が積極的に真相を話さない限り危険はないだろう。 それにあの子は行商人の子だ。 この町に定住しないとなればなおさらさ。」


『それにしても、また一つ出禁の町が増えてしまったのう。 ここのクレープもどきは絶品だったのじゃが……。』


「奴らあること無いこと全部俺のせいにして、嫌がらせのつもりかもしれんが、それで上手く行くこともあるなら、それでいいさ。」




『そういえば、あの脱出路の先はどうなっておったのじゃ? あの子の傍らで留守番じゃったからのう。』


「・・・通路が開けたところで、激しい戦闘の痕と白衣が3つほど転がっていたよ。その先の続く通路は俺が追ってこれないようご丁寧にも完全にがれきで埋められていた。」


『白衣3つか。 少なくとも3人の魔人を仕留めたことになるが。』


「ああ。 昨夜あの地下施設を漁った限りでは、魔人と思われる研究員は3人の名前しかなかったから、おそらくリンは目的のものを回収したのだろうな。・・・リンの寿命を代償に・・・。」




 正直分からないことだらけだ。

 血の戒め(デッドリーフィクサー)。 第1級秘匿研究。 リンの目的。


 しかし、それらはリンが生きているというその事実に比べれば小事に思えた。


 その事実が、五里霧中のなかただただ手探りであるかも分からない可能性を信じて歩んできたこれまでの道のりに意味があったことを証明してくれたから。


 そして何より、生きてさえいればいつかリンを本当の意味で救えるかもしれないという希望が、これまでの道のり、そしてこれからの道のりを確かなものに変えてくれる。




 俺は前を向いて躊躇なく一歩を踏み出す。 明日に向かって。


「行くか。」


『そうじゃな。 そういえば、柳二や。 よもや卵焼きの約束は忘れてはいまいな?』


「ん?? そんな事言ったっけか?」


『!?お主!! 裏切るのかぁ!』


「いて! いて! ちょっと!?ばあちゃん!そのトゲを飛ばすの無しだって!!」




 そんなじゃれ合いをしながら、一人と一匹の旅は続く。


 灰色の長髪を一つにまとめた赤い髪留めが風に揺れていた。








―――



 ここまでの話はまだ柳二の壮大な冒険の中間点に過ぎない。

しかし、ここに至るまでの歩みもまた決して穏やかなものではなかった。



 柳二とリンの間には一体何があったのか?

 なぜ柳二はここまでの覚悟と執念を持つに至ったのか?



それを語るには柳二がこの世界に来る前、前世の話からしなければならないだろう・・・。



―――



ここまででいったんこのタイトルとしては区切りとなります。


本編はまだまだ続きますが、序章は本編とはしばらく直接的なつながりが無いためここで区切ることとしました。



◆本編連載始まってます↓

続きは、お手数ですが目次ページのタイトル上部リンク(シリーズ作品)もしくは以下のリンク先に足を運んでい頂けると幸いです。


https://ncode.syosetu.com/n9394hv/

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