第10話 別れと決意
リンと魔人の戦いが続いている。
あまりにも想定外の出来事に俺は混乱していた。
リンが血の戒めの幹部・・・? 秘匿研究。リンが来た理由・・・・リンは何を探している?
色々とわからない事だらけで整理できずに立ち尽くす自分にばあちゃんが声をかけてくる。
『しっかりしろ柳二。 ワシもリンには聞きたいことが山ほどある。 しかし、今はリンの言う通りあの子がもう限界じゃ。』
「あぁ。あぁ! わかってるよ!」
頭がグチャグチャになりそうな苛立ちを何とか理性で抑えこみ、カラドリウスの治療を受けている少女の元へ向かう。
到着して、しばらくしてカラドリウスの治療が終わる。
「ポン助。久しぶりだな。やっぱりお前だったか。治療ありがとう。」
そう言うと、ポン助は”ピィ”と一鳴きしてリンのもとに飛んでいく。
改めて少女に向き直る。
ポン助のおかげで首の傷は癒えているが、息づかいは荒く顔色は白を通り越して紫色になりつつある。
瞳孔も開ききって、目が真っ赤に充血し、時折ビクビクと痙攣をおこしている。
「不味いな。細胞変異の段階まで進行している。ばあちゃん、俺に使っている治癒と魔法制御をすべて魂魄同調に回してくれ。」
『了解じゃ。』
目の前の苦しむ少女を見て、冷静さを欠いていた自分を叱責する。リンの事は今はひとまず置いてこの子を助けることに全力を尽くそう。
そう思い、俺は横たえる少女の額に手を当て、精神を集中させる。
ゆっくりと深呼吸をして、いら立ちの収まりきらない神経を落ち着かせる。そして彗心眼をゆっくりと発動する。
やがてぼんやりと少女のアニマが見えてくる。さらに集中すると、はっきりと少女のアニマの形、色が見えてくる。
燃えるように真っ赤で、脈打っているのがわかる。
「はぁ…っっ…くぅっ… はぁはぁ」
少女の全身から汗が滝のように流れ、顔が苦痛にゆがむ。
俺は自戒の念からか、自然と声をかけていた。
「苦しかったろう…。 ごめんな。 もう少し頑張ってくれ!」
少女の霊子強度がそれほど高くないことと驚異的な精神力のおかげで、霊子超爆発を起こさずに済んでいるのは杞憂だった。
彗心眼で、少女のアニマの波長をとらえる。
ここからは針の穴に糸を通すような緻密な作業だ。
自身のアニマと少女のアニマの波長をゆっくりと合わせ込んでいく。
ここまで進行すると、波長が不安定になるが、ばあちゃんのサポートのおかげでかなり精度よく同調が進む。
「いいぞ。 ここからが勝負だ。」
――――――
霊子結晶“アニマ”はこの世に満ちている素粒子の根源である”オリジン”の相変化した姿、いわば結晶体と考えられている。
そして魔法のエネルギー源ともいわれ、この世界では“魔素”と呼ばれている。
“考えられている”という表現を使ったのは、このオリジンがどのような計器を使用しても直接観測できないためだ。つまり直接的にその存在が確認されておらず、具体的なことは何一つわかっていない。
そして、直接見ることも、触ることもできないアニマであるが、なぜか知的生命体にのみ宿ることが知られている。
柳二はなぜか見ることができないとされるこの“オリジン”及びその結晶体である“アニマ”を彗心眼を通して生まれつき視る(・・)ことができた。
このエネルギーの結晶体である霊子結晶内部で突如大きなエネルギーが発生すると、そのエネルギーが行き場を失い、それを呼び水に霊子結晶融解が起こるのだ。
さらに、霊子結晶融解により発生したエネルギーで連鎖反応が起き、霊子連鎖崩壊が進行していく。
これを止めるには、アニマ内部で行き場を失ったエネルギーを外に逃がしてやればいい。
しかし、他人のアニマ内部のエネルギー(魔素)をコントロールすることが難しいことが最大の障害なのだ。
通常、自身のアニマ雲中で発生したエネルギー(魔素)は、アニマ毎(つまり人それぞれ)に特有の波長をもち、その波長に合う自身の体内以外には伝わらない。
他人の魔法や精神をコントロールできないとされているのはこれが理由だ。
しかし、本来自身が持つアニマの波長は変えられるものではないが、彗心眼にてアニマが視える柳二は、“魂魄同調”により相手のアニマの波長に自身の波長を合わせこむ(同調させる)ことができる。
それによって、柳二の体を相手の体の一部と誤認させるのだ。
そして、柳二の体を相手の体の一部であると誤認させることで、相手の体内の余剰エネルギーを柳二の体に流すことができるようになるという寸法だ。
もちろん、これは無幻水心流の極意でもある通り、特別な才能と血の滲むような修練、そして相当に複雑な魔力制御が必要となる。
今回の場合、女の子の霊子連鎖崩壊がだいぶ進行していたため、アニマの波長は相当に乱れ、とても波長を合わせこむことなどできる状態ではなかった。
しかし、柳二の人並外れた才能と魔力制御、精神力、そしてひとみの人域を超えた演算能力のおかげでその不可能を可能としていた。
――――――
『同調率40%, 50%, 60%…67% 柳二や。 今はこれが限界じゃ。 いけるかの?』
「了解。じゃ、行くぜ…極心融魂」
すべての意識を女の子のアニマと俺自身のアニマに集中する。やがて俺の意識が女の子の意識に吸い込まれるように同化していく。
融合する意識の中でこの暴走の原因を探すと、煌々と輝く小さな箱を見つける。
荒れ狂う炎が小さな箱に無理やり押し込まれ、今にも爆発してしまいそうだ。
それが彼女をむしばんでいるエネルギー(魔素)そのものだ。
その炎を閉じ込めている箱に手を当てゆっくりと溶かすようにイメージすると、徐々にその炎が俺の中に流れてくる。
俺の中に流れ込んだその炎を体内で循環させて冷やしていく。
冷えた魔素を俺のアニマ核に流し込み再結晶化し、再度その小さな箱に戻していく。
その炎が箱から出ようとする圧力はすさまじく、少しでも油断すれば荒れ狂う炎があっと言う間に俺を飲み込み燃やし尽くすだろうことは容易に想像できた。
俺は額に汗を浮かべながら、魔素の制御に全神経を集中する。
どのくらいたっただろうか、やがて彼女から流れる炎の圧力が減少し始める。
山を越えたのだ。
後は、完全に崩壊が収まるまでこの作業を続ければ彼女の命をつなぎとめることができる。
「・・・っ。 いけそうだ。」
山を越え少し余裕ができたことで、ふと辺りが静まっていることに気づいた。
「さすがね。あの時とは比べ物にならない。」
俺の後ろからリンの鈴をならすような穏やかな声が響く。
「リン! 奴は?」
「・・・集中を乱さずに聞いて。あの魔人は自爆した。だけど自爆の間際、本体が私の探している情報を持って先に脱出したと、そう言っていたわ。」
そう言って、リンは背を向ける。それを見て俺は慌てて言う。
「待て!待ってくれ!」
少女の治療を中断しようする俺に、リンは振り返らずに静かに言う。
「ダメよ。今、治療を手放しては。」
「だがッ!」
「柳二・・・ありがとう。 あなたの覚悟と言葉。 とてもうれしかった。」
「だったら!」
「でも、これは私の問題。あなたを巻き込めない。 …さようなら。 会えてうれしかった。」
リンは脱出路に向けて歩き始める。その後ろ姿には覚悟が見えた。
「ダメだ。 くそッ!」
俺は、立ち去るリンに追いすがろうと少女の治療のための魔力制御を緩めようとする。
が、そのとたん少女の崩壊エネルギーが俺の中に流れ、暴走し始めるため、治療を中断できずにいた。
リンは俺が治療を中断できないこのタイミングを狙って声をかけたのだ。
「リン!! 俺は。 俺は決してあきらめない! リンが何と言おうと、どんなに俺を拒絶しようと、何度でもお前の前に立ってやる。 そして、絶対にお前を救ってみせる! 必ずだ! だから!だから、待っててくれ! 必ず追いつくから!」
リンは立ち止まり、数秒佇んだのち、振り返ることなく奥の脱出路へと姿を消した。
リンが脱出路の扉を閉める間際、俺は彼女の瞳から落ちる雫を見た気がした。