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春の昼下がり、予想外の来訪者

 僕がじいちゃんの代から続く探偵業を継いだのは丁度十年前のこと。とはいえ僕はじいちゃんの名に何かかけたことはないし、可愛くて賢い幼馴染みもいない。


 ごくごく平和な田舎の探偵事務所。


 主な仕事は庭の草むしりや日曜大工、それから大型ショッピングモールへの車だし。残念ながら殺人事件どころか浮気調査もしたことがない。


 それじゃ便利屋じゃんって思ったそこのあなた。大丈夫。あなたは間違っていない。僕もそう思っているから。


 だから、その日事務所にやってきた少女を見た時、僕は自分が寝ぼけているのかと思った。だってこんな便利屋もどきの探偵事務所(自分で言っておきながらちょっと凹むな、これ)に来るはずのない人だったから。


「失礼します。探偵さんはご在宅ですか?」

 腰に届くほどの艶やかな黒髪、透けるような白い肌、黒曜石の瞳、華やかな着物姿が眩し過ぎる。


「あっ、はい、ご在宅です。どうぞ」


 彼女の名前は桜さん。年齢は十五歳。今年、中学校を卒業予定。えっなんでそんなこと知っているのかって? だって、彼女はこの町で知らない人はいない町一番の名家のお嬢様だから。


「ありがとう」

 僕の勧めたボロ椅子に嫌な顔一つせず、むしろ微笑みを浮かべて桜さんが腰かける。と、その掠れた声に僕は首を傾げた。


「ごめんなさい。少し風邪気味で」

「なるほど」

 首元の桜色のストールは春らしくて綺麗だったけど着物とはちぐはぐだった。なぜかと思ったら、そういう理由だったか。


「それで、今日はどのようなご用件で?」

 僕の言葉に桜さんは深刻そうな顔で一枚の紙きれを差し出した。


『満開の桜の下には死体が埋まっている』


「これはまた、なかなか古風な」

 悪いけどそれを見て僕は思わず苦笑してしまった。新聞や広告の切り貼りで作った脅迫状なんて今やドラマでもなかなかお目にかかれない。


「探偵さんもお笑いになるのね」

 でも、そう言って悲しそうに目を伏せる桜さんを見た瞬間、僕は人生で最大級に深刻そうな顔でこう答えた。


「いえ、これは立派な脅迫状です。さぞ心を痛められたことでしょう」

 変わり身が早いだって? 好きに言うがいいさ。


「えぇ、本当に怖くて。でも、家族は悪戯だって」

「それで僕の所に?」

「町で評判の探偵さんならきっと何とかしてくださると思って」

「もちろんです。こんなもの僕にかかれば朝飯前ですよ」

 調子よく答える僕に桜さんが瞳を輝かせる。


「本当に? でしたら早速うちにいらして。庭に古くからある桜の木が丁度満開なんです。きっとあれのことですわ」

 強引な桜さんに手を引かれるがまま、早速僕は山の上のお屋敷に連れていかれてしまった。


「おぉ、見事ですね」

 お屋敷の庭の桜を見上げて思わずため息をついた僕に桜さんの苛々とした声が飛んでくる。


「そんなことより早く掘って!」

 スコップを押し付けられた僕は慌てて桜の根本を掘り始めた。


 ザリッ

 しばらく掘ると明らかに土とは違う音が庭に響いた。


「なんだ? って、うわっ」

 掬い上げたものをまじまじと見つめた僕は思わず顔を顰めた。だって、そこにあったのは……


「何かあったのですか? って、きゃあ!」

 僕の手元を覗き込んだ桜さんも悲鳴をあげる。そこあったのは黒々とした長い髪の毛。まさか本当に死体が?

 でも、その後いくら掘り進めても髪の毛以外は見つからず。


「髪の毛以外は何もないようですね……って桜さん?」

 僕が声を掛けた時、桜さんは庭とは真逆のお屋敷の中を見つめていた。


「えっ? いえ、そんなはずはありません! もっときちんと探してください!」

「いや、でも」

「いいから! 早く!」

「あっ、はい」


 仕方なく掘り続けたものの、さすがに日も暮れそうだと僕が振り返ると彼女はまたお屋敷の中を見つめていた。


「そろそろ日が暮れますが」

「えっ? あっ、そうですね。もう結構です」

「えぇっ?」

 今までの熱心さはどこへやら。そっけない返事に呆気にとられる。しかも桜さんはとんでもないことを言い出した。


「その髪の毛を燃やしておしまいにしましょう」

「ちょっと待って!」

「いいから早く! さっさと燃やして!」

 止める僕を無視した桜さんの言葉に使用人がその場で髪の毛を燃やしてしまう。


「今日はありがとうございました。こちらが謝礼です」

「えっ? 何も解決していない……」

「いいえ、さすがは町の名探偵。もう十分ですわ。さぁ、お帰りになって」

 連れてこられた時と同じ強引さで報酬の入った封筒を押し付ける桜さん。その姿に僕はまた苦笑いしてしまう。

 

 いやいや、僕も一応探偵の端くれだからね。


「春久さんはどうされたんですか? お出かけですか?」

「えっ?」

 突然の僕の言葉に桜さんが固まる。返事はなかったけどその反応だけで十分だった。


「余計なことを聞きましたね。では、僕はこれで」

「あっ、えっ……」


 慌てる桜さんを置き去りに僕はお屋敷を失礼した。

読んでいただきありがとうございます!

どこかおかしな桜さんの態度に探偵の最後の言葉。続きは夕方に公開予定です。

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同じタイトルで全く違うテイストの作品も書いています。こちらも短編なのでぜひ!
「満開の桜の下にはシタイが埋まっている」
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