5,師匠
ギンジは久しぶりに師匠に顔を見せる。
「うーす、元気っすか? 師匠」
ギンジが来た場所は、世界の中央部にある魔導機兵の会社の屋上だ。
そこに、師匠の家がある。
ギンジの師匠は、ギンジと出会いギンジに機神創成の秘術を授けた。
会社の屋上の庭先で、花壇に水を差す半世紀くらいの紳士がギンジを見て優しく微笑み。
「お帰りギンジ」
「ただいまっす師匠」
ギンジは軽やかに挨拶をした。
師匠は花壇の隣に水差しを置いて
「待ってくれ、お茶を入れるから…」
ギンジが師匠と並んで
「いっすよ。客じゃあないんだし」
師匠は微笑み
「帰って来た弟子の世話くらいさせろ」
ギンジが師匠の隣に来て
「じゃあ、オレも手伝いますよ」
師匠とギンジは、お茶を交えて談笑していると、二十歳くらいの別の男性が帰ってくる。
ベニマルだ。
「ただいまです師匠」
と、赤髪の美青年のベニマルがギンジと師匠が談笑しているのを見て
「あ、ギンジさん」
ギンジが手を上げて
「よ、ベニマル…どうだ? そっちは」
ベニマルはギンジの隣に来て
「東方面ですか? まあ、程度良く国々もガタガタなんで…楽ですが…」
ギンジが肩をすくめて
「そうか、オレがやっている西方面は、食料産業がしっかりしているから、中々に国が乱れないからなぁ…」
ベニマルがギンジの隣に座って
「女性を機神の英雄に仕立ててやっているんでしょう? 上手く行っているんですか」
ギンジがカップに口を付けて
「問題ない」
ベニマルが渋い顔をして
「手腕、聞いてますよ。大丈夫なんですか? 何時か…後ろから刺されでも…」
ギンジが得意げに
「綺麗にフラれているんだから問題ない」
ベニマルが渋い顔で
「いや、恋愛関係になって…」
ギンジは肩をすくめて、何を言っているんだ?という顔で
「キスもしてない。肉体関係もない。愛しているって愛を囁いて機神を与えて育てている。それだけだ」
ベニマルが微妙に顔を歪ませ
「じゃあ、相手を愛していないんですか?」
ギンジは得意げな顔で
「愛している。全力で…だが、破局するだけだ」
ベニマルが苛立った顔で
「いや、最後に一緒になろうって告白しているって聞いていますよ」
ギンジはフンと鼻で笑い
「いや、結局は…彼女達はオレを選ばなかった。それが真実だ」
ベニマルは納得していないような顔で
「それって最後は破局するように出来ていて、それを分かって行動しているなら…詐欺じゃあないんですか?」
ギンジは偉そうに
「オレは彼女達から何か奪ったか? 答えはノーだ。オレは彼女達を英雄にしている。与えているんだ。奪っていない。詐欺ってのは奪うから詐欺であって、奪わない詐欺は詐欺じゃあない。与えているだ」
ベニマルは苛立って頭を掻く。
それにギンジは
「オレは、お前が好きだ。お前が弟弟子で良かった。ベニマルのように真面目な子は良い。納得できないのもオレとベニマルは違うって証だ。だから、何時かベニマルなりに納得できる答えに出会えるさ」
ベニマルが溜息を吐き
「まあ、とにかく…気をつけてくださいね」
ギンジは席を立ち
「ああ…ありがとうベニマル。師匠、それじゃあ…」
と、席から離れていく。
ベニマルがその背に
「本当に気をつけてくださいよ。女の人から刺されて死んだってなったら…」
ギンジは微笑み
「その時は、ベニマルが骨を拾ってくれ。じゃあ…」
ギンジが去って行き、ベニマルが
「なんであんな性格なんだろう…」
師匠が
「ベニマルは、ギンジが嫌いかい」
ベニマルは首を横に振り
「そうじゃないから…心配なんですよ」
師匠は
「何がベニマルをそうさせるんだね?」
と、弟子に尋ねる。
ベニマルは真剣な顔で
「その男女の仲って、恋愛ってそんなに簡単なモノなんですか? 自分には…」
師匠はカップを口にして
「そうだな…ギンジは言っていた。恋愛とは肉体関係を結ばせない、お互いを惚れさせるゲームだと…。そして、男女の愛とは信頼を交換する事だと…ね」
ベニマルが複雑な顔で
「前に、ギンジさんに教わりました。男女ではその愛の指向性が違うと…」
師匠は
「女は男を試す。自分にどれだけの資源を投資してくれるか…を。なぜ、そうするのかは…女性は子供を妊娠するからだ。自分の産む子供と育てる自分に、どれだけ投資してくれるか…。
男は、自分の子孫を残すのに女が必要だ。だからこそ、女の試しに必死に答える。
恋愛とは、その投資を測る為のゲームである…と」
ベニマルが遠くを見て
「そして、結婚とは、男女の投資と信頼が一致する事で起こる…と。だから、愛ってのはそれを隠すラッピングである…と」
師匠はベニマルに微笑み
「それがベニマルには嫌なんだね」
ベニマルが遠くを見て
「ええ…それだけじゃあないと…思うのです」
師匠がベニマルを見詰めて
「確かにこの世には色んな愛情があるのは事実だ。だけど…ベニマルは、ギンジの言っている男女の恋愛と愛の理論が正しいと思う部分があるのだね」
ベニマルは複雑な顔で
「ええ…そうです。自分に愛を囁いてくれる女性は…います。ですが…結局は自分の機神を与える力が目当てなんですよね…。無償の愛と言われるモノを見ても、それは限定的な部分の事であって、本当の愛とは思えません」
師匠は嬉しげに
「君は真っ直ぐで若い。良い部分だと思うよ」
ベニマルは師匠を見詰め
「師匠は、どう思いますか?」
師匠は微笑みながら
「男女の愛以外では、色んな愛があるのを知っているが…。男女の恋愛に関しては…残念ながらギンジの言っている事が正しいと思うよ」
ベニマルが
「所詮、恋愛なんて人の側面の一部でしかないって事ですか…」
師匠が頷き
「その通りだ。恋愛が全てじゃあない。だが、恋愛が全てだと酔い痴れる者達は多い」