4,イリナ
イリナとの出会いは何て無い事だった。
イリナの国は海岸線を持つ海洋国家だった。
そこの海洋を担当する貴族の末席の娘であるイリナは、将来…どこかの貴族の男と政略結婚する為に存在していた。
イリナの人生は、全て決められたレールの上にあった。
青髪で憂いを秘めたイリナは、何時も自由を求めていた。
貴族である両親は、貴族の規範が全てであり、それに従って生きる事が全ての人達だった。
だからこそイリナにも同じ生き方を強いていた。
イリナの上の兄や姉達も同じように生きていた。
それに対して不満も不平も言わない人達。
だが、イリナだけは違った。
私は自由になりたい。
自分の血や家に縛られる事なく、自由に自分の意思で選んで生きて行きたい。
それを願いつつ、イリナは家に逆らう事が出来なかった。
自由になりたい、血や家の縛りから解放されたいと、思いつつ鬱屈していった。
それに転機が訪れる。
海洋国家であるイリナの国の遠海にあるダンジョンに魔神が発生した。
魔神災害だ。
大量の海洋魔獣達が海を支配して、生計が立てられなくなる。
困窮するイリナの国、そこへ…イリナと同じ青髪の男が現れる。ブルート…ギンジだ。
魔神災害に困窮するイリナの国へ魔導機兵の部隊を提供して、海洋魔獣達を駆逐する。
その部隊のエースとしてイリナの手を取った。
イリナは、青き機神をブルートから授けられる。
青き機神をイリナは駆けて、海洋魔獣達を駆逐していった。
イリナは機神の力に取り憑かれる。
強大で、何処までも海を走り、海中をかき分けて走る機神に。
そんなイリナをブルートは讃える。
「流石だ。君は…この海のように広い自由を駆けるに相応しい」
イリナは有頂天になる。
踊るように戦うイリナの青き機神に国中の人々が魅了されて、何時しかイリナを海洋の女神と讃えるようになった。
イリナの青き機神とブルートが構築した魔導機兵の部隊は、海洋魔獣達を退治していった。
イリナの名声が高まると共にイリナに近づこうとする貴族の青年達がイリナに愛を囁く。
イリナは、更にうぬぼれる。
自分は、どんな男達からも欲される自由を手に入れた…と勘違いしていた。
イリナにその愛を囁く男達の中にブルートがいた。
「イリナ、海洋の女神よ。君のような素晴らしい女性とは出会った事が無い。君のようにしなやかで海のように広い心を持つ女神よ。私の愛は、君だけのモノだ」
イリナは、自由を謳歌する。
血筋にも家柄にも縛られない自由、自分で自分の事を決められる。
そんな素晴らしさに酔い痴れていた。
イリナの機神と、魔導機兵部隊の活躍は、イリナの国中が知る事となり、魔導機兵を生産元の国から購入する事が増えてきた。
魔法と剣から、巨大な魔導機兵の魔法攻撃と、近接戦闘へ国の軍事が変わっていく。
全てはブルートであるギンジの狙い通りだった。
イリナは、国中の上流階級のパーティーでも注目の花だった。
そのパーティーでの一コマ
イリナの前に跪く男、彼は隣国の王子だった。
隣国の王子は、イリナに愛を囁く。
「私の愛は貴女だけのモノだ。私と結ばれて欲しい」
美青年の大胆な告白。
イリナは舞い上がってしまう。
その夜、イリナは…その王子と一線を越えてしまった。
朝方、屋敷に帰って来たイリナをブルートは優しく迎えた。
「お帰り…」
イリナは、ブルートの作ってくれた朝食を食べながらブルートの顔を見詰めていると、ブルートが微笑み
「イリナ、もし…魔神災害が終わったら、オレと結婚してくれないか?」
イリナは、それを聞いて脳裏に隣国の王子との事がよぎり
「ごめんなさい。その…ちょっと待って」
ブルートが肩をすくめて
「そうだな。唐突すぎた」
そして、魔神災害がイリナの青き機神の部隊によって魔神が討伐されて終わった。
討伐された巨大な海竜が運ばれる最中、イリナは先頭にいて、自分の機神の手の上にいて討伐された魔神の海竜をお披露目する街道を進んでいた。
国の王宮へ入り、栄誉を授かり、イリナは英雄になった。
イリナは王宮内を走り、その目の前にあの隣国の王子がいた。
「イリナ、おめでとう」
イリナは王子に微笑み
「ありがとうございます」
王子はイリナを抱き締め
「でも、君が無事に帰ってきてくれ良かった」
イリナは王子の顔を見上げ
「ありがとうございます」
二人は見つめ合いキスをした。
だが、それを…ブルートが見ていた。
それにイリナは気付いて
「あ、ブルート…これは…」
イリナは自分の心に気付いた。こんな姿をブルートにだけは見て欲しくなかった…と。
ブルートは悲しげな笑みで
「イリナ、自由な女神、君が幸せであるのを…願っているよ。さようなら」
イリナは青ざめる。違う、違う、これは!
ブルートは跪き
「殿下、機神を授けた彼女の事、よろしくお願いします」
イリナを抱き締める王子は
「汝、大義であった。イリナは必ず幸せにする。師である君の心配は無用だ」
ブルートは立ち上がって、二人から去って行った。
イリナが
「待って! ブルート!」
と、走りだそうとしたが、それを王子が止めて
「イリナ、彼は君の幸せに為に退いた。最後まで格好良くしてあげよう」
イリナは呆然とする。
イリナは自由を手に入れた。
だが、自由を手にした引き換えに一番大切な鎖であるブルートを失った。
自由、自由と欲した自分が、一番欲しかった縛る鎖、彼の愛をなくした。
そして、ブルートであるギンジは怪しく笑み
「依頼、完了」
全てはギンジの算段の上だ。
イリナは、幸せになるだろう。あの隣国の王子によって。
そして、隣国とイリナの国は強く結び付き、隣国の王子が会長を務める魔導機兵の会社が儲かる。
街中へ入る前にギンジは、髪の色を元の黒に戻して
「さあ、明日もちゃんと試されに行こうか…」