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ドアマン

作者: くりまろ短編


祝日の今日、市内は多くの人出で賑わっていた。

とある一角のホールでは、有名バンド歌手のソロライブが行われようとしていた。


ライブが始まる十分前にもなると、せわしなくお客さんが押し寄せる。

ライブホールの入り口では、慣れた手つきでチケットをもぎる四十代目前の男の姿があった。


整ったスーツ姿のドアマンではあるが、どこか哀愁が漂っている。


「一階のお席です」

「二階へどうぞ」


チケットをちぎりながら、力なくお客さんを捌いていく。

もう二年は繰り返した仕事だ。

こういう仕事はアルバイトが担うことが多い。

ドアを挟んでむかいでは大学生が同じようにチケットをもぎっていた。


「まもなく開演のお時間です!」

大学生がホールの待合所へ叫ぶと、遅れた女性二人組が駆け足でホールの中へと入っていった。


ドアマンの男がむかいの大学生に合図を出し、二人で扉を閉めた。


いつもの流れだ。ここから長い二時間が始まる。出入りするお客さんの対応のために、ドアマン二人は扉の外で立ち続けなければならない。


扉の奥から歓声が響く。おそらく主役が登場したのだろう。

その歓声を感じながら、二人のドアマンはただひたすら静寂な空間に立ち続けた。


ライブが始まり、三十分ほどが経過した頃だった。

外では救急車が大きくサイレンを鳴らしながら通り過ぎていった。続いてパトカーのサイレンが鳴り響く。


「事件ですかね」大学生が外を見つめて言った。

「かもな」 男も遠くを見つめてつぶやいた。


何台ものパトカーがホールの外を通り過ぎていく。

暫くして騒がしいサイレンは聞こえなくなった。

扉の奥から漏れ出る楽器の音と歓声を聞きながらドアマンの男はため息をついた。


「おれ、バンドやってるんですよ」大学生が言った。

「ベースなんですけど、最近ヴォーカルに憧れてて。いいですよね、ライブ」

大学生は扉の奥を見つめた。

「来年からは社会人なんで、あんまり出来なくなるんでしょうけど、こういうバイトしてると、突然思うんですよ。ああ、バンドで頂点目指したいって。会社に就職せずに挑戦したいってね」大学生は苦笑いした。


「やめとけ」男は冷たく言った。「挑戦するだけ絶望がでかいぞ」


その時、突然ホールの扉が開き、中から一人の観客の女性が現れた。どうやら携帯電話に着信があったらしい。


遠くで電話に出た女性は次第に血相をかえて、電話を切った。そして再びホールの扉へ走ってきた。ひどく慌てているようだ。

男が扉を開けてあげると、女性は中へと入っていき、そして今度は男性を連れて出てきた。そして男性と女性は外の駐車場へと走っていった。

「どこの病院だ?」と男性は女性に声を荒げている。男はその後ろ姿を見つめた。


ライブ開始から一時間が経った。西日が差す頃から始まったライブだったが、外は段々と薄暗くなってきていた。バラード曲に入ったのか、先程の騒がしさは聞こえない。


その薄暗い外から、強面の男性三人組が中に入ってきた。ドアマンの男に会釈してこう言った。

「すみません、私ら刑事のものですが。ここのホールの管理者はおりませんか」

「私もアルバイトの身なのでわかりませんが、おそらくあちらの事務所かと」ドアマンの男は、ゆっくりと左奥を指した。


しばらくすると、職員ひとりが刑事を連れて出てきた。

「あちらと、もう一つは裏側にあります」

職員が刑事に説明しているのは、どうやら防犯カメラの話らしい。

「ありがとうございます、署に持ち帰ってデータを保存します。」刑事の声が聞こえてきた。

「こういう場合、道路が映ったカメラ映像を手当たり次第に集めるんです。ご協力有難うございます」


事件性を感じた大学生は、スマートフォンを取り出した。なにやら検索を始めると、男に画面を見せた。

「これですかね?どうやら小学生の男児が道端で死亡したみたいです」


刑事が去るまでそう時間はかからなかった。カメラの映像をコピーした後、ドアマン二人に「スピードを飛ばした車かバイクが外を通っていなかったか」と声をかけ、「いいえ」と二人が答えると刑事三人はホールをあとにした。

しかし、ドアマン二人が思わず顔を見合わせたのは、去り際に刑事の会話が聞こえた時だった。

「被害者の男の子のご両親、さっきまでこのライブの観客だったらしいですよ」

「ああ、聞いたよ。まさかその間に息子が死ぬとはな。かわいそうに」


二時間のライブも終わりが近づいていた。ドアマンの男は大学生に合図を送り、二人で扉を開放した。拍手喝采の音が鳴り響いた後、お客さんがぞろぞろと中から出てきた。


しかし、これで終わりではない。この後は、歌手のサイン会が始まるのだ。サイン会参加チケットを持ったお客さんが裏通路へと進んでいく。


ドアマン二人は職員に呼ばれ、ステージの裏出口へと回された。歌手がスタンバイから出てくる時に通路ドアを開けてあげるように、という指示だった。


サイン会を待ちわびるお客さんの長蛇の列を眺めながら、ドアマンの男は終始無表情だった。


数分後、職員の合図が来て、ドアマン二人は通路ドアを開けた。そしてその直後、主役のスターが輝くオーラを放ちながらドアマンの横を通っていった。


主役の姿が現れ、列に並んだお客さんも歓声をあげる。


「いやあ流石スターは違いますね。キラキラ光ってますもん。羨ましい」大学生が後ろから眺めて言った。

「ああ、確かにな」ドアマンの男は力なく言った。


一方その頃、ホールの裏口では警察がぞろぞろとホールに集まってきていた。捜索していた「もの」が見つかったのだ。「もの」は律儀に、ホールの駐車場に駐めてあった。


警察がぞろぞろとサイン会の奥へと歩いていく。あまりの物々しさにスターはサインをやめた。お客さんも一斉に警察を見つめる。


警察が声をかけたのは、ドアマンの男だった。

「これはあなたのもので間違いないか?」


警察が男に見せた写真は、灰色のバイクだった。前方の側面が割れていた。


「そうです」男は力なく言った。


「男児ひき逃げ事件の件に心当たりは?」


男はゆっくりと答えた。


「あります」


「来てもらおうか」警察は男の肩に手を置いた。


男はゆっくりと歩き出した。

そばにいた大学生の方を一瞬見つめ、小さく呟いた。

「俺みたいには、なるなよ」


静かに見つめる人々の脇を、男は歩いていく。誰もが男を見つめていた。男はその光景を目に焼き付けた。こんなに皆に注目されるのは初めてだった。


男は警察に囲まれながら、ホールを後にした。

そして暗闇へと静かに姿を消した。


おわり


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