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鈴木、いきなり頓挫。

 

 今度こそはと玄関から勢いよく飛び出した鈴木は、外気の寒さに震えながらもエレベーター前まで猛ダッシュし、エレベーター横にあるボタンを連打した。


 数秒と掛からず開くエレベーター。

 身体を抱き締め若干震えている鈴木は素早く乗り込み、扉が閉まると深く息を吐いた。


 そして視界に並ぶボタンのうち、いつも執事の黒崎が押していた"R"と書かれたボタンを迷わず押した。



「ふぅ……寒かった。もう少し厚着してくればよかったな……」



 そう独り呟いてる間にエレベーターは"R"の階へと到達する。

 チンッと開くドア、そして見えるのは薄暗い地下の風景

 、所々停めてある無数の車、それらを仄かにライトアップする照明、まさしく地下駐車場といえる風景。


 しかし接触が悪いのかチカチカと点滅する照明や、何処からか吹き抜けてくる冷たい風、そしてやたら物静かなその空間が拍車を掛けて薄気味悪さを演出していた。



「…………記憶より暗いな……こんな所だったっけ。つか電灯切れかけてるじゃん管理人仕事しろよ、ったく……。まぁいい、早く外に出よう……」



 余りの薄気味悪い風景に一瞬エレベーターから出るのに躊躇するが、お腹からの催促に背中を圧されるように一歩を踏み出した。



 鈴木は初めてこのマンションへ引っ越ししてきた時は、車で地下駐車場に乗り入れ、直接最上階の自室前へエレベーターで直行していた。

 それから引き籠り、外へ出ない生活。

 数年に一度あるかないかの外出時も、黒崎の運転で地下駐車場から車で出ている。


 即ち、鈴木は地下駐車場からしか出たことがなかった。

 通常、一般客が使う玄関、ロビー、フロントと呼ばれる地上一階を使用した事がないのだ。


 一般人から言わせれば、何を馬鹿なと思われるかもしれないが家が超金持ちのエリートニート界にとっては当たり前なのだ、多分。




 そして今地下駐車場から外へ出ようとしている鈴木、現在絶賛混迷中である。



「あれ、ここってシャッター閉まってたっけ……開かないのこれ?

 え?スイッチとかないの?つか、管理人とかいないのここ?」



 迷うほどは広くない地下駐車場、そこの一画、地上から明かりが差し込んでいる出口と思われる所の前で鈴木は独り唸っていた。

 車が横に二台ほど並んで通れるような地上へ繋がるだろう出口、現在そこには道を塞ぐように重厚な造りの金属製シャッターが降りていた。


 傍目檻のようにも見えるシャッターは人力では到底動かせるようなものでもなく、その周辺を探っても開閉用のボタンらしきものも発見することは出来なかった。



 この地下駐車場、実はマンション上階に住むVIP用の特別駐車場であり契約者にはそれぞれシャッター開閉用のワイヤレスキーが渡されていて遠隔で開け閉め出来るようになっているのだ。


 勿論鈴木の家にもありはするが、それは黒崎が所持しており現在鈴木が持ち歩いてるはずもなかった。


 万が一、キーを忘れたとしてもシャッター付近に備え付けられている管理人室直通の受話器もあるのだが、鈴木は敢えて触れもしていない。 少々電話にトラウマが芽生えているようだ。





 暫く開け方を模索していた鈴木だが、空腹が限界近く余裕がないのか次第に声を荒らげシャッターに八つ当たりしだした。



「おい、開けろよ!聞いてんのか管理人!あくしろよ!!あく!!」



 ガンガンガシャガシャとシャッターが軋む音、オイコラオラオラと鈴木の強気な怒声が地下駐車場内を木霊する。


 しかしここで鈴木がたてる騒音に誘われるように、地下駐車場内に別の異音が微かに聞こえ始めていた。




 ず…………ず…………ずず…………ず…………ずず…………




 微かな布擦れ、そして何かを引き摺るような音。



 次第に近付いてくるその音に、先程までシャッター相手に無双していた鈴木も気が付いた。



「……ん、ん?…………な、なんの、ななんの音?かか管理人さん……でしゅか?」



 先程までシャッター相手に強気に無敵だった姿は成を潜め、一瞬の内に表情どころか身体まで強張らせた鈴木は、咄嗟にとった変なポーズのままゆっくりと自身の後ろへ振り返った。



 そこには



 爛れた皮膚に所々抜け落ちた毛髪


 白く濁った瞳に飛び出した眼球


 だらしなく開かれた口とそこから垂れ落ちる涎



 一瞬警察と間違えそうなワッペン付きの帽子とカッターシャツ、藍色のズボンを履いた、どうみてもゾンビな見た目の警備員っぽい服装をしたおっさんの姿があった。




「か、かかかか管理ににーん?!どどどうみてもゾンビです!ありがとうございましたっ!!」




 咄嗟の事に意味不明な事を叫んでしまった鈴木だが、何故か身体は勝手に動いており、装備していたウエストポーチから徐に取り出したアル物を流れるような動作で構えていた。




 スリングショット




 昭和的に言えばパチンコ。

 ピンとこない若者に向けて詳しく説明するならば、Y字型のフレームにゴム性のバンドが付いていて、ゴムの張力により色々な物を弾として飛ばす玩具、もとい狩猟武器。なのである。



 鈴木が現在構えているスリングショットは近代風に改良された形をしたものであり、某通販ショップ密林で買ったものである。


 自他共に認める兵器マニアである鈴木は、スリングショットすらも守備範囲。

 寧ろ引き籠りの鈴木にとって、室内でも撃てるスリングショットはストレス発散のいい道具であり、暇になっては四六時中室内で撃ちまくっていたものである。

 勿論黒崎に怒られてはいるが、どこ吹く風である。



 だからこそ身体に染み付いたその動きは、脳で考えるよりも先に、寧ろ脳で考えてもいないけど咄嗟に構えに移行していた。


 握った弾は二センチ程のゴム弾、というかスーパーボール。

 流石に見た目はゾンビな相手だがいきなり金属製の弾を使うほど鈴木は非常識ではないようだ。



「と、ととととまっれ!とまれ!!とまりゃ、う、撃つぞ!!」



 スリングショットに弾を挟み、軽く引きながら警告する鈴木。

 だがゾンビな見た目の警備員はうーうーと唸るだけで、構わず片足を引き摺りながら近付いてくる。



「ほ、ほ本当に撃つぞ!ま、まじで撃つからな!まじだぞ!ほ、本当と書いてマジだからな!?」



 大量に掻いた手汗で思わず弾を放ちそうになりながらも警告を続ける鈴木、だがそんな警告も空しく、少しずつ近付いてくる警備員ゾンビとの距離は五メートルをきった。


 流石に話が通じないと鈴木も覚悟を決める。



「ね、狙い撃つ!」



 スリングショットを思いっきり引き絞り、既に三メートルという近距離にある警備員ゾンビの額へと向かって右手に挟んでいた弾を解放した。


 スーパーボールは吸い込まれるように警備員ゾンビの額へと当たり、鈍い音を響かせる。

 流石に硬い頭蓋骨を貫通したり粉砕したりはしなかったものの、至近距離で額へと衝撃を受けた警備員ゾンビはゆっくりと後方へと倒れ込んだ。



 場を静寂が支配する。跳ね返り何処ぞへと消えていくスーパーボールを定まらない視界の隅で捉えながら、鈴木は自身の心臓がどうにかなってしまいそうな程の脈動を感じつつも難とか息を整え、そして静かに呟いた。




「や、やったか?」




 勿論、やっていないフラグである。



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