鈴木、妄想モード突入。
冷静になって辺りの惨状に気付いた鈴木は小一時間ほど後悔と共に男泣き、そして失った故人(毛髪)達を手厚く葬った。
もう冷静さを失わないよう再三に渡り自身に言い聞かせ、急ぎの問題である食糧調達に意識を切り替える。
携帯注文は諦め、パソコンのホームページによるネット注文を試してみることに。
すぐにパソコンデスクに移動し、色んなデリバリーサービスのホームページを次々に渡り、疑心暗鬼気味な鈴木は手当たり次第にそれぞれのホームページに注文していった。
そして……
十二月二七日午前十一時半頃……。
「あぁあ~、くそぅ、まじくそぉ~。ネット注文も、全滅かよぉ。
何処も、指定時間を、一時間以上、過ぎてるのに、持って、きやがらねぇ。なんでだよぉ、まったくぅ……」
指定時間は等の昔に過ぎてしまい、更に待てども注文した物が届くことは終にはなかった。
デリバリーの到着に期待するのを諦め、最早腹が減りすぎて動くことも億劫になってキーボードに突っ伏している鈴木。
腕時計に向けてたその死んだ魚のような目をパソコンに戻し、そして溜め息を一つ。
「はぁ~、失敗した。こんなことなら…買いに出てたらよかった……。もう、腹減りすぎて…何もやる気がでない」
元々やる気なんて持ち合わせていなかったからこその現状なのに鈴木は気付きはしない。
気だるげに頭を持ち上げ頬杖を突き、その右手は無意識のうちにマウスを握り、ポチポチとホームページ内の適当なタグを見付けてはクリックしていく。
鈴木がいつも遣ることがなくなって暇になった時にやってしまう暇潰し、もとい暇を潰せるものを探す行動だ。
ポチポチ……ポチポチ……ポチポチ……ポチポチ……ポチポチ……ポチポ「……ん?」……スス…クリクリ、ポチ……
只無意味に過ぎていく時間の中で、ボーッと画面を見詰めていた鈴木の虚ろな瞳が一瞬見開く。
体を起こしマウスを操り、先程目に写った気になる一文の所に画面を戻しカーソルを合わせる。
それはネット上にありふれたよくある掲示板のトピック。
誰もが貼れるトピックのタイトル一覧、その新着の所に気になる一文が。
「………………んな馬鹿な……どうせ釣りだろ……」
でも…と呟きながらそのトピックをダブルクリック。
少し前のめり気味に画面を覗き込み、表示された文章を読んでいく。
「……………………」
書かれていた内容は、いつもなら一笑に付すような現実味のないような内容ばかり。
なのに一緒に添付されている動画や画像は、釣りにしては良く出来すぎている。
いや、本物としか思えないようなものばかりであった。
「……『現実世界がゾンビパンデミックな件について』……か」
声に出して今一度タイトルを読んでみても、やはり んな馬鹿な、と感じてしまうような内容である。
釣りにしても雑すぎる、針が大きすぎる。
それなのに、鈴木はこの内容が今の現状の説明としてしっくりきてしまっているのだ。
現実世界がそんな状況なら、執事の黒崎が行方不明なのも、デリバリーサービスが音信不通なのも全部辻褄が合う、合ってしまう。
ゾンビパンデミック、現実的に限り無く有り得ない事なのだけれども、そのほんの僅かな可能性が、そのほんの僅かな引っ掛かりが鈴木の食指を動かした。
鈴木の口角が徐々に持ち上がっていく。
先程まで死んだ魚のような目だったものが、チベットスナギツネを彷彿とさせる力強いものへと変わっていく。
「はははっ!……どうせ飯手に入れるために外に出なきゃいけないんだ。それなら序でに盛大に釣られてやるっ!」
鈴木はパソコンデスクを叩くと勢いよく立ち上がる、椅子が吹き飛んで盛大に音をたてて転がるが見向きもしない。
勢いのままソファをカッコよく飛び越えようとして、足が引っ掛かって顔から地面に不時着するのも何のその。
直ぐさま何事もなかったかのように立ち上がり、ソファに置いてあった携帯をウエストポーチに入れ、帽子を拾い被り直す。
クローゼットに向かい、そこにある段ボール箱の中からアル物を取り出し、よし、と頷くとそのままウエストポーチに詰め込む。
そしてクローゼットから出た鈴木は玄関へと向かう。
その玄関へと向かう鈴木の顔はこれまで生きてきた彼の人生の中でも一番と言えるぐらい光輝いていた。
何故なら、もう鈴木の中では外はゾンビパンデミック。
生ける屍達が闊歩する地獄のような世界。
人々は叫び、逃げ惑い、助けを請う。
だが終いにはゾンビたちに追い詰められ、捕まり、噛まれ、そして彼等も同じく生ける屍となり、生者を襲う側へと堕ちていく。
一人、また一人と捕まっていく中で、ある一人の美少女もまた捕まりそして噛まれようとしたところで、颯爽と…………
と、いう具合で鈴木の中は盛大に盛り上がっていた。
何を隠そう、ゾンビパンデミック──もとい"世界崩壊"は鈴木の中にある《三大現実逃避》の中の一つなのである。
他には"記憶あり転生"や"異世界転移"があるがここは割愛する。
まぁだからこそ、今の鈴木はやる気に満ちていた。
動くのにも億劫だった鈴木にとってゾンビパンデミックという、"自分設定"はモチベーションに大いに影響を及ぼす。
むしろ設定どハマりすぎて、飯調達がオマケに思えてしまう程に。
「ハーレム王に、俺はなる!」
そして今もなお加速度的に進んでいく鈴木の中の妄想は、公共の場ではお届けできない内容へと踏み出そうとしていた。
その内容は彼のみぞ知る。
まぁ何にせよ、ここに漸く一人のニートの物語が動き出したのだ。