佐藤の現実、非現実。
スタスタスタスタ…………
ず……ず……ず……ず……
スタスタスタスタスタスタスタスタ…………
ず……ず……ず……ず……
弁当とコーラを両手にコンビニを出た佐藤は、自宅への帰路すぐに危機的状況に陥っていた。
「なんなんでありますか!
なんなんでありますか!?」
困惑した表情に玉のような汗をかきながら足早に来た道を戻る佐藤、その視線はチラチラと後方へと向けられている。
その視線の先、佐藤の数十メートル後方には最近の若者を思わせる格好をした数人の集団がフラフラと奇妙な動きをしながらずっと佐藤に着いてきているのだ。
コンビニ辺りからあからさまに自分に着いてきているその集団に、流石の佐藤も自分が追われている事に気付き焦りを覚え、その足の動きを早めさせていた。
「もう、ふぅ…本当に、ぶふぅ…なんなんで、んふぅ……ありますか!?」
だが、何年も運動らしい運動をしてこなかった佐藤にとって、早歩きでさえ過酷な重労働。
そんな動きが長時間続くわけもなく、すぐに佐藤の足は重くなり、彼の弱い心は体を酷使する事を嫌がりその動きを簡単に止めた。
ず……ず……ず……ず……
佐藤の耳に足を引きずるような音が近付いてくるのが聞こえる。
間違いなくさっきの若者集団であり、自分の背中に近付いてくるその音に狙いは自分であると確信する。
(これが噂に聞く親父狩り、もといオタク狩りでありますか……まさか久し振りに家を出た自分すらも狙われるくらい頻発して行われているとは……最近の現実世界は腐ってる腐ってるとよく聞いてはいたでありますが、本当に……)
ある種の境地に達したような……もとい、全てを諦めた表情を浮かべた佐藤はそんな事を思いながらゆっくりと後方に振り返り、そして目を見開いた。
爛れた皮膚に所々抜け落ちた毛髪
白く濁った瞳に飛び出した眼球
だらしなく開かれた口とそこから垂れ落ちる涎
そこには何処からどう見ても映画やゲームなどに出てきそうなゾンビな見た目をした若者集団がいた。
「ほ、本当に腐ってるでありますー!!??」
振り向き様に思わず叫んでしまった佐藤、だがそこからの彼の行動は早かった。
素早く振り返ると、先程まで疲れて動けなかったのが嘘のように、某T1000も真っ青なスプリントスタイルで駆け出していた。
「腐ってる…腐ってると、聞いていた、 最近の、若者が!本当に……見た目も、腐ってるなんて!知らなかったで、あります!」
左右の手に持ってる弁当とコーラがどうなろうと何のその、まさに一陣の風のように街中を疾走する。
朝来たうろ覚えな道を本能に従い駆け抜ける、曲がり角だろうとスピードを落としはしない、アウトインアウトの完璧なルートで曲がりきる。
既にゾンビ集団を振り切っているが佐藤は無我夢中で気付かない。
脇目も振らずに自宅まで辿り着いた佐藤は、門扉を素早く閉め、玄関の扉も完全に閉めると、靴を脱ぎ捨て階段を駆け上がり、自身の部屋へと転がりこんだ。
「ぶひ……ぶふぅ……んぶひぃ……ふぅふぅ……外の世界は、恐いであります……外に出た同士達が、外界は恐ろしいところだと、言っていた意味が、漸く、分かったであります……んふぅ……やはり自分の部屋が一番でありますな」
四肢を投げ出し大の字に寝転ぶ佐藤、息も絶え絶えそう呟き、数時間振りの自身の部屋を体全体で堪能する。
あれだけ非現実的な状況に陥っていた佐藤、だが彼はそれが非現実だということに気付いていない。
長年現実から離れて生活していた彼には一般的な現実がどういうものかという判断材料が欠如していた。
色んな情報が蔓延しているネット社会に生きる彼は、日々嘘か真か定かではない情報を目の当たりにしている。
だからこそ、非現実的なことでさえも彼の頭の中にはすでに今の状況に似たような情報があり、一般人なら常識で判断できるそれを、常識がない佐藤は素直に真の事だと受け入れてしまっている。
ゾンビ達が普通に日常にいる世界。
彼はそれを認め、すんなりと受け入れた。
この未曾有の危機に、世界の終わりに、常識の崩壊に、彼は自覚することなく適応した。
今までの常識ある世界で燻っていた彼が、これから始まる非常識な世界で躍進する。
エリートニート佐藤 博
彼の口癖は、「明日から本気出す」
その明日が、漸く訪れたのだ…………多分。
「ふぅ……落ち着いたら、喉が渇いたでありますな」
のっしりと上半身を起こして、脇に投げ出していたコーラを手に取る。
そして深く考えもせずに、徐にその蓋を開けた。
ぶっしゃーっ
「びゃぁああ~!」