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鈴木はニート界のエリート。

 


 十二月二七日午前八時頃…。



 鈴木は一歩踏み出した足を元の位置に戻すと、開けた玄関の扉をそっと閉じた、そっとじ。



「寒い寒い寒い…こんなんやってられっか……。

 よく考えたら家から出る必要なんてねぇわ。

 念願のデリバリー頼むチャンスじゃないか」



 扉の向こうより流れ込んできた久方ぶりに感じる冷たい外気に、一気にやる気をなくした鈴木、両腕で体を抱きしめながらいそいそと部屋へと引き返した。

 長年培ってきたニート心は、ちょっとのことで簡単に折れる。

 伊達にニート界のエリートをやっているわけではないのだ。


 靴を脱ぎ、帽子を放り投げ、ソファーに座りウエストポーチから携帯を取り出すと、二四時間営業で尚且つデリバリーサービスまでやってる店を検索する。



「お、結構あるじゃん。

 んー、どうせだから普段食べれないジャンキーなやつがいいな…」



 やたら嬉しそうに携帯に表示されている色んな店とそのメニューを物色していく。

 そして十数分掛けて漸く一つの店に絞り込んだ。


 その店のホームページにある最寄りの店舗の電話番号を探し、そしてそれをタッチする段階で鈴木の手がピタリと止まった。



「こ、これって、電話注文、だよな……」



【電話】、離れた他人と会話をするためのツール、一般人にとって日常生活に溶け込むほど慣れ親しんだものである。

 だがそんな一般的な物でも引き篭もり界のエリート鈴木にとっては未知の物であり、全く縁がなかったものである。


 鈴木の携帯には執事の黒崎しか登録されていない、だが常に鈴木の近くに控えている黒崎と態々電話なんてするはずもなく、携帯の電話機能はほぼ死蔵させていた。


 元々直接面と向かっての会話も黒崎としかしていなかった鈴木にとって、赤の他人と会話をする、電話をするという行為は躊躇するには充分な程に彼の不安と恐怖を掻き立てていた。


 別に長年他の人とコミュニケーションをとっていなかったわけではない、だがそれも全てネット上の、尚且つ掲示板やチャット等の文字を媒介にしたものなのだ。

 電話、口答での他人との遣り取りなんて、鈴木にとっては別次元の事に思えた。



 切り出しは何と喋ったらいいのか。

 ……色んな言葉が鈴木の頭をぐるぐると巡る、どれも正解のようでどれも違って思える。

 そもそも鈴木にとってはちゃんと自分が喋れるかどうかも怪しいのだ。

 もしも途中で噛んだら、どもったりしたら、頭が真っ白になってしまったら………………………。




 全身に変な汗を掻きながら虚ろな瞳で携帯を見据える鈴木。


 そして一つの結論が脳裏を過ぎる。



 “もう、デリバリー頼むの辞めちゃおうかな”



 鈴木の心は既に折れ掛かっていた。


 ここでいつもの鈴木のニート心なら既に折れていただろう。

 だが彼の鳴り止まない腹の音が、辛うじて折れそうな心を繋ぎ止めていた。


 流石に二日食べていないのだから彼のお腹は限界だ。

 これ以上の絶食は危険だと、生存本能が彼の心を無理矢理突き動かす。


 さっきまで考え込んでたのが嘘のように、携帯の画面を無意識にポチった。



 トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル…………



 発信する電話、鈴木の手の平に大量の汗が噴き出す。



 トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル…………



 鈴木の心臓がこれ以上ないぐらい高鳴り出す。

 もう電話を切ろうかなとか思いだすが、辛うじて踏みとどまる。



 トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル…………



 …………ドキドキ。



 トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル…………



 …………………………。



 トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル…………



 …………………………………………………………。



 トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル…………


 トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル…………


 トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル…………




「……出ねぇのかよ!!」




 一人盛大にツッコむ、勿論鈴木の声が部屋に静に響くだけで誰も反応はしない。

 暫しの硬直の後、何事もなかったかのように携帯の通信を切り、再度同じ番号に掛け直すが同じく誰も出ない。



「休みか?いや、ホームページには書いてなかったぞ。

 くそ、もうこの店には頼まん、次だ次!」



 新たに携帯で他の店を調べなおし、メニューを決める。

 今度は躊躇せずに電話番号をタップし直ぐさま耳へとあてる。



 トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル…………


 トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル…………


 トゥルルルルルル……………………………




 またしても反応なし。



「くそっ、なんでだよ!次!次こそはっ!!」



 新たに調べなおしては電話を掛ける、誰も出ない。

 また新たに調べなおしては電話を掛ける、誰も出ない。


 数度そういう事を繰り返し、結局電話は一度も繋がることはなかった。


 静に携帯を置き、起ち上がる鈴木。


 そして徐に叫んだ。



「あああああああ!!!!くそっ!なんなのマジで!!巫山戯んな!!ああああああ!!もう、なんなの!?もう!!なんなの!!!何で誰も俺の電話に出ないのぉぉおお!!」



 少しでも鬱憤を晴らそうとジタバタと暴れまわる鈴木。


 極度の空腹や、やり場のない怒りは人の心の余裕を無くしてしまう、そして普段は気を付けている行動さえも知らずにやってしまう。



 残り少ない髪の毛が申し訳程度生えている頭皮、薄くなったそこを日頃気にして大切にしている鈴木だが、我を忘れている今の鈴木はそこを両手で盛大に掻きむしってしまっているのだ。


 枯れ果てた大地で辛うじて生き抜いていた彼等に抗う術はなく、ほぼ抵抗する事なく宙を舞っていく鈴木領の民。毛髪。


 ただ不幸中の幸いにして興奮している彼が現在の過ちに気付くことはない。



 まぁ、後程冷静になって部屋の床に散らばる自分の毛髪たちの死屍累々の惨状を見て、後悔するのは決定事項なのだが。









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