間一髪。
三人は急いで左側の通路へと走った。
店舗から新たに現れてくるゾンビには、鈴木がすかさず五百円玉を放つ。
だがその五百円玉は毎回様々な変化球の軌道を描き、その尽くがゾンビから外れ、店頭に立て置かれているマネキン達の額に突き刺さる。
「くっそ!慣れない!しかも走りながらじゃ尚更だ!」
「仕方ないでござるよ!後は某にお任せあれ!」
「ふ、ふひぃ」
山田が速度をあげ、三人の進行に邪魔になるゾンビを木刀で捌いていく。
鈴木は納得のいかない表情でそれに追従し、佐藤はちょっと遅れて着いていくのがやっとの様子だ。
そんなこんなで大量のゾンビを引き連れながらも三人は来た道を後戻り、あっという間に最初に侵入したエスカレーター近くの扉へと戻ってきた。
「今のうちに扉を何かで抑えるぞ!」
「合点承知!」
「はひぁ」
ほぼ全力疾走で駆けてきたこともあり、ゾンビとの距離は大分稼げていた。
三人は扉を潜ると急いで両扉を元に戻し、荷物運搬用のカーゴを引っ張り集める。
「ハリーハリーハリー!」
「す、鈴木殿も手伝うでござるよ!?」
「ふんぬらばっ!」
山田と佐藤の尽力、そして鈴木の微力ながらの協力もあり、両扉と通路反対側の壁までを埋めるように数台のカーゴを並べ終わる。
そして数秒後、ガシャーン!と大量のゾンビがぶち当たり扉が押し開こうとするも、隙間なく間に埋まっているカーゴによって扉が開くことはなかった。
少しだけ空いた扉の隙間から三人に向かって必死に手を伸ばすゾンビ達。
だがそれが精一杯のようで、扉からゾンビが侵入してくる気配はない。
三人はそれらを見届けると、気が抜けたようにその場に座り込んだ。
暫し呆然とその光景を眺め、そしてそれぞれから絞り出すように言葉が漏れる。
「あっぶねぇ…」
「危機一髪でござったな…」
「ふ、ふぃ、つ、疲れたであります…」
「う、うばあ゛あ゛あ゛ぁ」
「「「……………………へ?」」」
不意に聞こえた第三者の声に、数瞬遅れて三人は素っ頓狂な声を漏らす。
難を逃れた、危機は去ったと思い込んでいた。
だが、三人がいるのは未だにモールの中。
こんな所で悠長に息抜く暇なんてないのだ。
後方より今もなお聞こえる呻き声。
三人は錆び付いたブリキ人形のように振り返った。
十数メートル先、最初に通路を塞ぐように置いていたバリケード。
それが今現在、数体の作業着を着たゾンビにより押し倒されようとしていた。
それは更に先の曲がり角の奥にいた筈のゾンビ達だった。
三人の叫び声に反応して迫ってきていたのだ。
「あ、あああ!え、エレベーターを呼べ!」
「が、ガッテン!」
「ぴえん」
山田が走りエレベーターの呼び出しボタンを押す。
だが、扉はすぐには開かない。
どうやら用が済んだら勝手に一階に戻り待機するタイプのエレベーターのようだ。
数秒待つ必要がある、だがゾンビは待ってはくれない。
ガチャンと軽い音が通路に響き、数体のゾンビが三人の方に雪崩れ込む。
鈴木が構えていたスリングを先頭のゾンビに狙いを定め撃ち放つ。
案の定飛び出した五百円玉は狙いを逸れ、スライダーの軌道を描き壁へと当たる。
だが運は味方した。
真横に曲がって壁に当たった五百円玉はそのまま綺麗に跳ね返り、偶然にもゾンビの額へと当たったのだ。
「跳弾!?」
まさしくアニメ等でたまに見かける跳弾、鈴木のテンションがグッと上がる。
だが、壁に当たり威力が落ちたのかゾンビは仰け反るだけで倒れはしなかった。
しかし勢いは止めた、コンマ数秒は稼げた。
そうして、テンションが上がった鈴木は流れるような動作で数枚の五百円玉を取り出すと、先程と同じ様にスリングを真横に構え、次々と硬貨を撃ち放った。
逸れる硬貨、だが、そのどれもが壁に当たって跳ね返り、ゾンビの体に命中する。
倒す事は出来ていない、だが少しでも時間を稼ぐ、その一心で鈴木は次々に硬貨を放つ。
エレベーターはまだ到着しない。
"数秒の事がえらく長く感じられる"似たような表現はアニメや漫画でよくある事だが、本当にそう感じられるとは鈴木は思ってもいなかった。
「くそっ!まだかよ!」
もうゾンビは目の前、まだ扉は開かない。
「も、もうすぐでござる!」
そう叫び、山田が先頭のゾンビの額を木刀で突く。
一体が倒れるも、だがまだその後方から数体のゾンビが迫ってくる。
「くっ、捌ききれな───」
「退くでありまっす!」
山田の身体が不意に横に引かれ、その空いたスペースを高速で何かが通過する。
ガチャコーン!とボウリング宜しく吹き飛ぶゾンビ達、そしてそれをやった佐藤がドヤ顔で振り返った。
一体何が、と呆けたように山田は状況を確認する。
どうやら山田はいつの間にか開いていたエレベーター内に、鈴木の手によって引き寄せられたようだ。
そして、タッチの差で荷物を満載したカーゴを押した佐藤が突っ込んだ、と。
「間一髪だったなカッコワラ」
「一ピン逃したでありますなぁ!ニヤリ」
そんな、何とも憎らしい笑顔を浮かべる二人の後ろでエレベーターの扉が静かに閉まる。
そこで漸く状況を整理し終えた山田は、内心安堵しつつも皮肉げに言葉を返した。
「毎回拙者を轢きそうなのは、どうにかならないものでござるか佐藤殿?」
「ふひひ、さーせん」
「俺に感謝しろよー?」
動き出すエレベーター、その室内で三人は束の間の緩んだ空気を満喫するのだった。




