妖怪?いいえ、グールです。
「な、なああぁぁあんっ!!?」
アミューズメントコーナーに響き渡る佐藤の悲鳴。
騒々しい場でも確かに聞こえるその変な叫びに、ゲームに夢中だった鈴木と山田の二人も訝しげに反応しながらも、なんやなんや?と直ぐ様声の方へと向かった。
そんな広くもないアミューズメントコーナー、悲鳴の元へとはすぐに辿り着く。
佐藤のやつ何騒いでるんや?と迷惑そうな二人だったが、目に飛び込んできたその光景には流石に戸惑わずにはいられなかった。
両手を振り回し暴れる佐藤、その背中には張り付くように乗り掛かり、首筋に齧り付いている老人の姿があった。
「「子泣き爺!!?」」
小柄で痩せた体躯、皺寄れた頭には白髪が申し訳無い程度に生えていて、その腹に巻かれた黄土色の腹巻きが如何にもな"らしさ"を醸し出していた。
その姿、背中に張り付くその様はかの有名な妖怪である子泣き爺を彷彿とさせ、二人は思わず目を見開いて叫んでいた。
「いいいぃい!?こ、子泣き爺!?ちょちょっ!ととって!とってであります!」
二人の声を聞いて佐藤は余計に暴れ始めた。死角に張り付き自身の首元に齧り付く未知の存在。それが妖怪ともなれば恐怖も一入だ。
「お、落ち着け佐藤!そんな暴れちゃ掩護もできない!」
「さ、佐藤殿!取り敢えず引き離すでござるよ!」
戸惑いながらも鈴木と山田の二人は佐藤に近付き、力任せに引き剥がしにかかる。
だが、子泣き爺は両手両足をつかいしっかりと組み付き齧り付いており、そして暴れ回る佐藤のせいもあってその作業は上手くはいかなかった。
「いだ、いだだだだだぁあだぁ!やざじぐ!やざじぐじでぇ!」
力任せに引っ張るも、首元に頑なに齧り付いている子泣き爺は離れる事はなく、このままやったら佐藤の首が先にブレイクしてしまうと判断した鈴木は強硬手段に出る事にした。
「山田!俺がなんとか隙間を作る!だからドタマカチ割ってやれ!━━佐藤!膝付け!」
「りょ、了解したでござる!」
「いだだだ!?どぅえ?りょ、りょ!」
指示を出し、佐藤の後ろに回り込んだ鈴木は両手両膝を床についた佐藤の上の子泣き爺の背に飛び乗った。
下から「ぐぇぇっ」と潰れた蛙のような声が聞こえるがスルーし、後ろから子泣き爺の申し訳程度に生えている白髪をしっかりと鷲掴み、そのまま全体重を後ろへと傾けた。
更に下から悲鳴が漏れるがそれも華麗にスルー。ちょっとしたキャメルクラッチを彷彿とさせるその技は鈴木の全体重を掛けていることもあり、子泣き爺の頭を佐藤の首元から離すことに成功する。
「や、山田!やれー!」
「御意っ!!」
迷いなく振るわれる山田の上段からの唐竹割り。
綺麗に真っ直ぐ振り下ろされた木刀の切っ先は、佐藤と鈴木の頭の隙間を縫い、天を仰ぐ子泣き爺の額へと直撃した。
『ゴッ!』
『パキャッ』
「んごっ」
「ぐぇぇえっ」
鈍い打撃音と何かが割れるような軽い音、そしておっさん二人の変な声、キッタネェ四重奏が辺りに響く。
ヒキガエルのように潰れた佐藤、その上から力なく横倒れする子泣き爺に、勢い余って後ろにひっくり返る鈴木、そしてその横で山田がドヤ顔で残心する。
「ふぅ……なんとかなったでござるな…」
「今、ヒュンって、顔の前、ヒュンってなった…」
一息吐きながら無駄に格好良く納刀した山田は近くにひっくり返っている鈴木に手を貸し引き起こす。
ひっくり返ったまま少し青ざめてぶつぶつ呟いていた鈴木も、助け起こされてからは自分の顔がどうかなってないか触って確かめている。
その様子に苦笑いする山田、それに対し少し文句を言う鈴木、そんな終わった感出して和やかにしている二人だが、重大な事案をすっかり忘れていた。
佐藤がうつ伏せに倒れ伏したまま起き上がらない。
流石にそれに気付いた二人は慌てて声を掛けた。
「さ、佐藤殿!?大丈夫でござ──そ、そういえば、佐藤殿はさっき首筋を噛まれて……」
「そういやそうだったな……お、おい、佐藤…………佐藤さ~ん……まだちゃんと佐藤さんですか?」
「ちょ、鈴木殿!?なんで急に他人行儀に!?それにそんな冗談は不謹慎ござるよ!」
「いや、だってよ…?佐藤、反応ねーし?」
二人のそんな会話も聞こえている筈だが、佐藤は何の反応も返さない。
死体のように、動く気配がなかった。
その様子に流石の二人も不安を隠せない。
現に二人は佐藤から徐々に距離を取っている。
「ま、まじこれやばくね?死んでね?ゾンビってね?」
「う…し、しかし、確認しないことにはなんとも……」
「でも、危なくね?…ほら、バイオでいう近付くと動き出すってパティーン?」
「ぐ、確かに、そう見えなくもない怪しさが……」
「だしょ?俺ってば、そういうのは先に頭撃っとくタイプ。撃っとく?」
「いやいやいや、流石にそれは!……って、今どういうキャラでござる、それ」
佐藤から少し遠巻きにこそこそ会議を行う二人。
鈴木が佐藤にスリングを向けるのを山田が必死に止めたりなんやかんやしながらも、合議の結果一応佐藤の生死の確認を行う事となった、山田が。
「い、いけ、ほら、はよ」
「お、押さないででござるよ!いや、フリじゃなくて!まじで!」
「素が出てるぞ」
へっぴり腰の山田をへっぴり腰の鈴木が後ろから押し、二人はやーやー言い合いながらも徐々に佐藤へと近付いていく。
山田の射程圏内へと到達。
伸ばされた右手に持たれた木刀で恐る恐ると佐藤をつつ──「うあーーーーーーーーーん!!!」いたタイミング、まるで待ち構えていたかのように佐藤が叫びを声をあげた。
予想外のカウンターをモロに喰らった二人はもんどり打って距離をとる。
辺りに響き渡る佐藤の癇癪染みた叫び、それをゲーム筐体の影に隠れて様子を伺う二人。
そして暫しの後、叫びが落ち着いた頃、佐藤はうつ伏せのまま動くこともなく何事か言い出した。
「あああ終わった!終わった!オワタデアリマス!オワタバスター!!」
佐藤の中で何かが終わったようだ。
鈴木と山田の二人は取り敢えずもう少し傍観する事にした。