寄り道。
楽器店より離れた三人は二階フロア中央を真っ直ぐ通る吹き抜けへと近付いた。
そこには透明な硝子を用いた手摺が設けられており、近付けば一階フロアを見下ろせるようになっている。
近付けば近付くほどそこから見えてくる一階の様子に、三人は思わず腰が引けて最終的には匍匐前進で近寄っていた。
腹這いのまま透明な硝子越しに恐る恐る階下を覗き込む三人。
そして、思わず息を呑んだ。
そこから見える景色はまさに地獄絵図、この世の終わりを改めて実感するには十分過ぎる光景だった。
一階フロアを埋め尽くすほどに溢れ佇む死者の群れ、辺りには何かを欲しているようにも聞こえる亡者の呻きが児玉している。
所々に点在する赤黒い血溜まり、散乱する様々な肉片、そして鼻に突く何か据えたような悪臭に、三人は堪えきれず揃って顔をしかめて目を剃らした。
「これは……キツいな」
「うっ……吐きそうであります」
「…………」
そのまま静かに後ろに下がった三人は、十分に距離を取ってから床に座り込み静かに顔を見合わせる。
「此処にも立て籠ってた人達がいたのでありますかな……テンプレ的に」
「んー、それはないと思うぞ。これだけ生存者がいないのであれば、元々ここにはゾンビが溢れていたんじゃないのか?」
「で、ござるな。それにここは広い、少人数で立て籠るには管理が行き届かないでござるよ」
「で、でも、それじゃあの血の後とかはなんでありますか……?」
佐藤の言葉に鈴木は少し考える素振りを見せるも、直ぐに自身の考えを呟いた。
「…………多分、"屍食い"だろうな」
「あの"赤目"でござるか……」
「う、あんなのが他にもいるのでありますか?」
「いないと思うよりは、他にもいると考えてた方が賢明だろうな」
「ふむ、警戒するに越したことはないでござるな」
「ふ、ふぇぇ……」
「まあ、そう悲観するな。またアイツが出てきても俺がなんとかしてやる。任せろ」
「す、鈴木氏ェ!」
「くくく……鈴木殿は頼もしいでござるなぁ」
鈴木の頼もしい台詞により先程までの雰囲気を一掃した三人は腰を上げ、警戒を新たに行動を再開する。
「取り敢えず、一階はスルー。そして基本見付からないように隠密行動な」
「御意」
「らじゃっ━━あっ、案内板!」
いざ進もうという時に佐藤が近くの壁に貼られていた館内の案内板を目敏く発見、三人は先に目的地の場所を確かめる事にした。
「くそ……電気屋は反対側かよ」
「一階にあるよりはマシでござるよ」
「一階には大型スーパーにフードコート、家具屋に靴屋に宝石店、などなど……あまり用はないでありますな」
「まぁ、これで目標は決まった。後は迅速に行動するのみ──ってどうした二人供?」
もう用はないとばかりに案内板から目を離し先に進もうとする鈴木、だが後ろから二人の着いてくる気配を感じずに振り返る。
そこには案内板のある一点を見詰めたままその場を動かない二人の姿があった。
鈴木は怪訝に思いつつも二人の元に戻り、その二人の視線の先へと目を向ける。
そこには──
「びぃ、れじ、ばん、ぐあど……?」
産まれてこのかた幾度となくその名前は聞いたことはあるが、訪れたことはなかった謎のお店。
ネット上で説明してある言葉だけではついぞ何が置いてあるか理解できなかった雑貨屋?である。
「「「………………」」」
思わず鈴木もその店名を凝視しつつ立ち竦む。
案内板によればその謎の雑貨屋は二階に存在するらしい。
別に行きたかった訳ではない。
何か欲しいものがある訳でもない。
ただ何と無く、興味がそそられるという、それだけ。
三人は誰ともなしに無言のまま顔を見合わせると頷き合い、そのまま静かに行動を開始する。
今彼等の中にあるのは未知への探求心。
そして長年の謎を解明する事への好奇心である。
三人は逸る気持ちを抑えつつ、慎重かつ足早に目的の店へと歩を進めるのであった。
道中、付近にゾンビの姿は見当たらず驚くほどあっさりと三人は目的地へと到着する。
フロア中央の吹き抜けには近寄らないように、店舗側に沿うように警戒しながら進んだために少し時間が掛かったものの、距離的には五十メートル程歩いたのみ。
この広大なショッピングモールの三分の一程を進んだ場所にその店はあった。
一言で言えば混沌とした店。
ガチャガチャの機械やら硝子張りのショーウィンドウやら色んなフィギュアや縫いぐるみやらで迎えられた雑多とした外観。
入り口は狭く、そこから覗く店内も商品に溢れており、何があるのか想像もつかない。
「予想以上にカオスってるな……」
「な、何か無性にワクワクするであります……」
「ふむ、これは物色しがいがあるでござるな」
三人はその混沌とした外観に一瞬気負う。
明らかに今までの自分達とは縁がなかった場所である。
これが普通に客で溢れていて繁盛している状態ならそれだけで近付く事さえできずに諦めていた事だろう。
だが、今は違う。客は自分達のみ、傍目を気にする必要もないのだ。
三人は深呼吸をし、今一度気を引き締めると。
お互いにアイコンタクトを送り合い、武器を握り締め、慎重にその雑多な店内へと足を進めるのだった。




