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ニート参はまだ立たない。

 


 十二月二七日午前五時頃……。




 東京都の郊外、都内に電車で通う人達用に建てられた新築の家がちらほら伺える新興住宅地。


 それの更に奥、木々の間に控えめに舗装された林道の坂を少し登った所にある、築五十年以上は経っているだろうボロボロの木造建ての古風な道場、そこに一人の男性が住んでいた。


 男は月に数回しか住宅地の方に降りてこず、それ以外は何をしているか分からないという。

 またその男以外に林道を登るのは郵便局員や業者のような人達だけで一般の普通の人は一人も見掛けず、彼が一人であの幽霊屋敷のような場所に住んでいると言う事しか分かっていない。


 近隣の住民も何処か不気味で怪しいその男に、自分から話しかけようと言う気概は全くなく、誰一人彼の素性を知る者はいなかった。

 


 そんな彼こと、山田(ヤマダ) 十兵衛(ジュウベエ) 三三歳独身は、近隣住民から不気味がられてるなんて知りもせず、今日も今日とて徹夜でインターネットに勤しんでいた。




「はぁ~……魔法少女は可愛いでござるなぁ~……。本当に可愛いでござる……。皆、それぞれがいい味出てて皆一様に可愛いでござる…………ととととっ!ここれはけしからん!実にけしからんでござるよっ!」



 保存保存と呟きながら血眼になって画面に食い付いてマウスをカチカチ操作する男、山田。

 その動作は実に手慣れており、気に入った画像を次々にフォルダに保存していく。


 この姿を誰かが見ていたら思わず110番通報していただろう、別に悪いことはしてないのだろうが、何故か110番したくなる怪しさがその男にはあった。



 だが彼にとって幸いな事にここには彼一人なのだ、誰もこないし、誰も近付かない。


 かれこれ十五年程彼はここで一人で暮らしている、誰一人としてこの家を客として訪れた者はいない。




 山田は高校生の頃に両親を事故で亡くしていた。


 後に残ったのは自分と年の離れた妹、そしてこの土地と道場、幾ばくかの財産と保険金である。

 だが財産と保険金はこの土地と道場を残す為に殆どが税金で持っていかれた。


 幸いな事に親戚の老夫婦が保護を申し出てくれ、まだ幼かった妹だけは引き取って貰えることになった。

 老夫婦は彼、山田の面倒も一緒に見るつもりだったらしいのだが、それは山田が自分から断っていた。


 山田は両親が残した道場とこの土地を守ろうと決めていたのだ。

 それから何度も老夫婦から一緒に住もうと連絡があったが、その度に丁重に断ったし、妹からの誘いも頑なに断った。

 山田の決心は揺るがなかった




 残った貯金はそんなに多くはなかったので、節約のために庭に畑を作り、色んな野菜を植えて育てた。


 テレビは売った、夜は電気も使わずに早く寝るようにした。

 ガスを止め、炊事や風呂は薪で補った。

 水道も止め、水は家の裏にある井戸を使った。

 電話は老夫婦が連絡を取れるようにと携帯を持たせてくれたが全く使っていない。


 そうして極限にまで節約し、漸く仕事をしなくても何十年かは貯金だけで暮らせる環境を作り出した。


 そして山田は有り余った全ての時間を道場での剣術の練習にあてた。

 只一人、誰もいない静かな道場で、両親や祖父がまだ生きてた頃に教わっていた剣術の練習をする。


 来る日も来る日も一人で黙々と木刀を振った。



 そしてそんな生活が一年過ぎ、五年が過ぎ、十年が過ぎ、山田は二八歳となっていた。


 節約に節約を重ねた自給自足の生活により、残された貯金は殆ど減っていなかった。


 だが必要最低限の食事と全てを忘れるように取り組んだ剣術の練習により、一八九cmあった身長はそのままだが、体重は見ただけで分かるぐらいに削ぎ落とされていた。


 余分な脂肪は一切なく、絞りに絞り込まれた筋肉は有名な彫刻のように人目を惹き付ける美しさがあった。



 そんな剣術に全てを捧げていた山田、いつもと同じように過ごすはずだった日が、ある訪問者により唐突に人生の転機となった。



 急激に近代化が進み山田の道場の近くにも新興住宅地が出来た。

 それに伴い各施設や設備が充実し始め、山田の道場にもある打診があった。



『インターネット、光回線工事をしませんか?契約してもらえれば今なら回線工事が無料。それに、何と新品のノートパソコンまで付いてきます』という、なんとも驚愕の話だった。


 最初、自分には必要ないと突っぱねていた山田だが、何万もするパソコンが無料で付いてくる、と言う話が出てくると思わず食指が動いた。


 それを見逃さなかったセールスマンは面倒な手続きなどは殆どこちらでやる、回線工事やパソコンの設定までする、そちらは何枚か書類を書いて月々決まった額を払うだけで頭金とかもいらない……と、畳み掛けるように説得。


 セールスマンが帰り、山田が漸く冷静になった頃にはいつのまにか契約を承諾してしまっていて、手続きも全て終わっていたという。



 後日行われた回線工事、道場にある小さな和室の寝室まですんなり回線が届いてしまった。

 そして、本当に来た新品のノートパソコン、小さなちゃぶ台の上に置かれたそれは持ってきた者がちょちょいと簡単に設定と説明までしていって既に使える状況。



 あれよあれよと言う内に全てが終わってしまっていて、山田は半ば茫然とノートパソコンと見詰め合うしかなかった。



 だが、そんなことしていても何もならない。

 放って置いても契約料をとられるのなら……と、山田は訳もわからないままおっかなびっくりノートパソコンを触りだした。



 触って触って触って触って………………いつしか山田は飯を食べることも、畑を耕すことも、剣を振ることさえも忘れて毎日ノートパソコンを触るようになっていた。



 更に五年の月日が流れ山田は三三歳になった。

 だが山田はまだ飽きることもなく、日に日に貪欲にノートパソコンにかじりついている。


 時間を惜しんで飯は放置しっぱなしの畑や裏の山に生えている野菜とかを適当に丸かじり、風呂はたまに頭から水を被るだけ。


 あれだけ節約していた貯金も月々の支払いでどんどん減っていく。



 あれだけ絞り込まれていた筋肉も全く部屋から出ない毎日に日に日に衰え、最低限度の日常生活が出来る程度の筋肉しか残っていなかった。

 芸術のような肉体美はもう見る影もない。



 だが山田は後悔していない、剣術を犠牲に、リアルを犠牲に、全てを犠牲にしても尚、彼はそれ以上のものを手に入れたのだから……。



 二次元という名の世界、限りなく広く、限りなく自由な世界。


 今まで知らなかった世界を知った、新しい扉が幾つも開いていくのを感じた。


 忘れていた言葉、忘れていた会話、忘れていた感情、全てが戻ってくるのを感じた。


 もう彼は一人ではない、だからこそ、また一人を感じない為にも彼はまた寝る間も惜しんでネットの海を渡る。








「!?え?ええっ?こういうのありでござるか?!ありでござるのか!!?ああぁ………アッー!」



 そして今日もまた新たな扉を見付けた彼は、躊躇なく開けるのであった。













 彼が世界の異変を知るまでまだ幾ばくかの時間が必要である。





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