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ゾンビ。

 


 X月X日、とある研究所にて、一人の白衣姿の男が部屋にある無数のモニターを眺めながら歓喜にうち震えていた。


 前面を開けたヨレヨレの白衣を振り乱し、ボサボサの不衛生な頭を掻きむしりながら、半ば狂乱じみた叫びを上げる。



「ツイニ、ツイにィ、ツイニィィいィ!ツゥゥゥゥイニッ!ココまでコギつケたのだァ!コォれでェ!人類進化ノ瞬間ヲォ!よぉうやクゥ、コォの目で見れるゥ!とキぃガ!キたのだァ!ふヒャ!フひゃ!ふヒャヒャ!」



 男はモニター前に並ぶ沢山のスイッチやボタンを次々に押しながら、最後に透明なガラスに覆われた大きな赤いボタンの前に立った。



「人類ッ!進化ノ、鍵ィィィ!エボルブウイルスゥッ!コれヲォ!世界中ニィ!撒いて、撒いヒ、マッひィ、まひひひ、ヒヒヒヒヒヒヒ!なナななナナな何億人がァ!し、死ノうトォォオ!わたァシガ知っタ事デはなイィィイイ!」



 男はガラスの蓋を開ける事もせずに、掲げた両拳を力の限り振り下ろして、そのガラスの蓋を粉砕しながら下にある赤いボタンを叩き押した。



「イケぇ、イケェェエ!エボルブウイルスゥゥウ!何百!何千ん、何万んんんトいう、時間ヲ越えテェ!人類ニィ!進化ヲォ!促スのダァ!クひゃ、かヒャヒャ、ウヒャひゃヒャヒャ!」



 そうして地響きと共に立ち上がる爆音と煙、一筋の軌跡を残しながら登っていく光をモニター越しに見詰めながら、男はただ愉快そうに奇声染みた笑い声を上げ続けるのだった。




 △▼△▼△▼




「やはり、咬まれたらゾンビになるでありますか……」


「状況的にそうでござろうなぁ……」



 先程の死体を見詰めたまま、佐藤と山田は沈痛な面持ちで呟いた。


 ゾンビに咬まれたらゾンビになってしまう、ゾンビ物の話では定番の設定だ。

 彼等だってそんな事は知っていた、だがそれを今日まで深く考えずに行動してきていた。

 なぜなら彼らの前に現れた実際のゾンビが定番よりも大分弱かったからだ。

 ゾンビと会っても何とか出来てしまう、楽に対処出来てしまっていたからこそ、自分が咬まれる想像をあまり出来ていなかったのだ。


 だがどうだ、赤目なる健康な大人並に動けるゾンビが出てきてしまったのだ。

 下手をすれば咬まれていた、下手をすれば喰われていた。

 それを嫌が応にも実感出来てしまったのだ。


 だから二人は想像してしまった、次は自分がこうなるかもしれないと。ゾンビになってしまうかもしれないと。


 そんな事を考えながら意気消沈してしまう佐藤と山田だが、鈴木だけは二人と違っていた。

 少し考える仕草をみせ、そして辺りを見渡してから何かを確認して頷き、沈黙していた二人へと話を切り出した。



「これはちょっと違うかも知れんぞ」


「え?」


「どういう事でござる?」


「もう一度さっきのゾンビを見てみ?」



 そう鈴木に言われ、二人は先程動き出したゾンビへと視線を向ける。


 作業着姿の四十代程の男性の死体。

 毛髪が頭皮ごと腐り落ちた頭部、片方の眼球が抜け落ち空洞となった目、開かれた口からは殆ど抜け落ちてしまった歯が覗く。

 更に下に目をやれば、開かれた腹部や飛び出した臓物、爪が剥がれ落ちた手や、片方の靴が脱げた足などが見てとれる。


 どこからどう見ても立派なゾンビだ、二人は何が可笑しいのか判らなく答えを求めて鈴木を見た。



「それじゃ、今度はこいつが横たわってた場所見てみ」



 鈴木に言われるままに床を見て、佐藤はまたもや首を傾げたが、山田は何かに感付いたようで目を見開いて答えた。



「頭髪、眼球、歯、爪、靴……その全てがここにはないでござる……」


「そう言う事」


「…………どういう事であります?」



 頷き合う鈴木と山田、佐藤だけは一人蚊帳の外で疑問符を浮かべ続けている。

 そんな佐藤に対し鈴木は溜め息を吐きつつも優しく説明を始めた。



「この男はここでゾンビになった訳ではないってことだ。何処か別の場所でゾンビになり、腐り、それからここに来た」


「ふ、ふむ………………」


「と言うことは、ここで咬まれてゾンビになった訳ではないって事になる」


「な、なるほど…………。で、それがどうしたであります?」


「つまりは━━赤目が、生きている人間ではなくゾンビを喰らってたって事になる訳だよ」


「………………」


「屍食い…………差し詰め、腐死人(ゾンビ)ではなく"屍食人(グール)"って所でござるな」


「グール、でありますか…………」


「取り敢えずグールと仮定しておくか。ゾンビとは別物って考えてた方が良さそうだし」


「何故腐っていなかったのか、何故ゾンビを喰らうのか、今は判らない事だらけでござるが。取り敢えずは要注意って事でござるな」


「うぅ……いきなりハードモードに突入したであります……」



 不安を隠せない様子の佐藤の肩に、鈴木は優しく手を置いてニヒルに微笑みながら元気付ける。



「判らない事だらけだが、一つだけ、赤目はゾンビを喰うって事を俺達は知った。

 これは赤目の付け入る隙にもなる訳だ。

 やり様はいくらでもある、やってやれない事はない。


 だが、奴が油断できない相手である事も確かだ。気を引き閉めて行くぞ。もう楽勝ゾンビとか言ってられん」


「ら、らじゃー……」


「慎重に行くでござるよぉ」



 こうして三人は詰所から出て、その横の通路を通って店内を目指す。


 先頭に山田、そして鈴木、佐藤の順。

 皆が油断なく武器を構えて、荷物がごった返す通路を一つ一つ死角を確認しながら進んでいくのだった。




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