こいつ、動くぞ。
コンクリート製の硬い壁を背にシャッター内を縦に三つ並んで顔を覗かせる三人。
中は見た感じゾンビの姿は見当たらないが、所狭しと荷物が入り乱れており死角が多い。
「さっきの俺達の騒ぎにも聞きつけて来ないって事は、近くにゾンビはいないって事だろうけど……」
「耳が遠いゾンビがいてもおかしくないでござるよ。
ここは物陰に注意して慎重に進むのがいいでござろう」
「この流れてるBGMも結構大きい音でありますから、そこに集まってる可能性もあるでありますよ?」
「確かに……。取り敢えず確認しながら慎重に進むしかない。先頭を……山田、任せていいか?」
「任せるでござるよ、鈴木殿は援護を頼み申す」
こうして木刀を構えた山田を先頭に、次にスリングショットを構えた鈴木、そして後方を確認しながらスコップを両手に佐藤が続く。
商品が積まれたカーゴの裏、山積みされた段ボール箱の影、それらを一つ一つ確認して進み、聴こえてくるBGMが段々と大きくなってきた所で三人の目にある光景が入ってきた。
この荷物が散乱するフロアの隅、ショッピングモールの中へと続いていくだろう通路の入り口の所にある管理人詰所らしき場所、そこの窓口らしき場所に群がる四人程の作業着姿の人影を。
三人に背を向けた感じで動く気配のないその四人はどうやら詰所から流れているBGMに引き寄せられ集まっているようだ。
「どうみてもゾンビだよな?」
「間違いないと思うでござるよ……」
「頭部の皮膚が剥がれ落ちてる奴もいるでありますよ、そいつはゾンビ確定であります」
「んじゃ、そいつを俺がまず狙い撃ちして、反応した奴等が黒ならそのまま続けて狙う。二人は打ち漏らした奴の対処を頼む」
「了解であります」
「御意御意」
その集団の後方より静かに近寄り距離を詰める。遠すぎても当たらないし当たっても威力が足りないかもしれない。
近すぎても対処に遅れる可能性も出てくる、妥協出来るそんなギリギリのライン、十メートル。
その距離にあるカーゴの影に三人は身を隠し、一人身を乗り出した鈴木は金属弾を構えたスリングショットを、向かって一番手前にいる頭部の抜け落ちたゾンビに狙いを定めた。
一度目を瞑り精神を落ち着かせ集中する。
そして、カッと目を見開いた鈴木は引き絞った金属弾を解き放った。
真っ直ぐ風を切り裂いて走った金属弾は的を違えず綺麗にゾンビの後頭部を捉えた。
三人の元まで届くほどの鈍い音が響き、弾が命中したゾンビはゆっくりと前のめりに倒れる。
そして振り向く残り三つの人影、それらの顔はどうみても生気の宿っていない死人のものだった。
「やはりゾンビ、続けて狙い撃つ!」
鈴木が即座に二の弾を構えて放ち、もう一人のゾンビを倒したところで予期せぬ事態が起きた。
「す、鈴木殿!詰所の中にもう一体……ひ、人!?いや、ゾンビでござる!」
「ひ、ひぃぃ!口回りに、血!?そ、それに何か目が赤いでありますよ!?」
詰所の中、窓口から窺える範囲に見えたゆっくりと立ち上がった新たなゾンビ。
生きた人間のような確りとした外見を保つその姿は、一瞬本当に生きているのではないかと錯覚させる。
だがその能面のような表情、青白い肌や焦点の定まらない眼球、そして生気が全く感じられないその雰囲気が、こいつはゾンビで間違いないと認識させる。
静かに首だけが三人の方を向いたそのゾンビの口回りは何かに濡れて赤く、そしてその目は淡く赤く光っているように見える。
明らかに異常、明らかに特異の存在。
鈴木が三つ目の弾を放ち、三体目のゾンビを撃ち倒した所でその"赤目"は動き出した。
他のゾンビとは明らかに違う滑らかな動き、三人を真っ直ぐ追うのではなく、しっかりと詰所の出入口の扉を認識して通ってから外へと出てくるその知的な行動に、今までのゾンビとは格別した何かを感じさせた。
「あっ、く、くそ!?」
突然の事態に慌てる三人、鈴木も焦ってしまい弾を取り落としてしまった。
その皆の僅かなに隙に残っていた一体のゾンビが距離を詰めて鈴木に襲い掛かる。
「く、させないでござるよ」
同様に驚愕していた山田だが誰よりもいち早く立ち直ると、咄嗟に鈴木とゾンビの間に体を滑り込ませ、木刀を盾に覆い被さってくるゾンビの勢いを受け止めた。
「ぐぐぅ、鈴木殿、今のうちにでござるよ……」
非力な山田が何とかゾンビの体重を押し退けている隙に、鈴木が慌てて山田の背から抜け出す。
そして、弾を取り出し構えた所で今度は佐藤の悲鳴が響き渡った。
「こ、こいつ、走るでありますか!?ひ、ひぃぃいいい!」
鈴木と山田が佐藤の方へと視線をやると、そこには詰所から出てきた"赤目"が走り出し、一瞬にして佐藤との距離を詰めて襲い掛かる所だった。
佐藤も咄嗟にスコップを盾にしたようだが、赤目は他のゾンビよりも速く、そして力も強いらしい。
瞬く間に地面に押さえ付けられた佐藤は、赤目の首にスコップの柄を当て両手で押し上げて何とか耐えているといった状況へと追い込まれた。
鈴木は山田へと視線を送る、すると山田も鈴木へと視線を向けて、苦しそうに呟いた。
「せ、拙者のほうは、まだ、だ、大丈夫でござる。
それよりも早く、佐藤殿を……あの、赤目は、ヤバいでござるよ」
山田の了承も得た鈴木は直ぐ様ターゲットを変え、スリングショットをスライドさせる。
そして佐藤の目前数センチの所で歯をカチカチとさせ迫っている赤目へと向けると気合いを込めて金属弾を撃ち放った。




