二時間珍道中。
新興住宅地から伸びる二車線の道路を都心部側とは反対を目指して三人は歩く。
本日は天気が良く日射しが強いため少し汗ばんでしまうが、冷たい風が吹く度に火照った体を冷まして心地よく歩くことが出来ている。
周辺には木々の生い茂った山や田んぼ、畑や草原などの自然が意外と広がっており、都会の外周部と云うことを忘れてしまいそうな程長閑な風景を楽しめる。
勿論民家もあるが密集している訳ではないし、懸念していたほどゾンビの姿は見掛けない。
見掛けないと言っても、それでも何度かは見掛けている訳で━━と、言ってる側から民家のコンクリート塀の陰から五十代程の男性ゾンビが三人の前に姿を現す。
だが、佐藤と鈴木は慌てない。
この後の展開は既に予想がついているから。
「キェェェェエエエエエエエ!!」
と、怪鳥のような雄叫びを上げて飛び出した山田が、その勢いのまま男性ゾンビの額に両手で持った木刀を突き入れた。
ヅゴッと痛そうな音が聞こえると共に、男性ゾンビはその場で伸身ムーンサルトの軌道を描き、アスファルトの地面に後頭部から着地した。
男性ゾンビはピクリとも動かない、瞬殺である。
「活人剣とはいったい……」
「一撃必殺でありますな……」
どこか哀愁漂う二人の視線の先では新たに現れたゾンビに、今度は片手で勢いのまま突きを入れる山田の姿が。
「ガトチュゥ!ゼロスタァイルッ!!」
「お、吹っ飛んだ……」
「からの、三転び半……でありますな……」
どこか達観したような二人は、これで何度目か分からない山田の犠牲者達に短いながらも黙祷を捧げた。
そして、全てが終わり木刀を片手に二人の所に戻ってくる山田の姿に内心ビクついていた佐藤と鈴木だが、その戻ってきた山田が先程までと違ってどこかスッキリとした表情をしていたので恐る恐る話し掛ける事にした。
「や、山田……さん?理性、ある?」
「ま、満足したでありますか?」
二人の質問に山田は悟りを開いたかのような朗らかで慈愛に満ちた表情を浮かべ、静かにゆっくりと頷いた。
それに合わせて何処からか仄かに香る栗の花のような匂いに、佐藤と鈴木は直ぐに感付いた。
「こ、こいつ!け、賢者タイムに入ってやがる……!!」
「た、多分、興奮し過ぎによる脳内ドーパミンの過剰分泌で……!!」
「ニコニコ」
他にも言いたいことは色々あった二人だが、山田の仏のような表情を見て、二人はそれ以上の追求は止める事にした。
そして三人は無言で先を急ぐのだった。
━━━━━━…………。
暫く歩いて、何処か山田の歩き方が変なことに気付いた鈴木は、佐藤も疲れているみたいだしと、丁度あったコンビニで休憩することを提案した。
鈴木の提案は直ぐに可決され、三人は各々動き出す。
コンビニはまだ電気がちゃんと付いていて、店内に入ると暖房が効いており、少々汗ばんでいた三人には少し暑く感じた。
先ずは佐藤が直ぐ様飲み物が並んでいる冷蔵庫の方へダッシュしたのを二人は見送り、鈴木は生活用品コーナーに並んでいた紳士用トランクスを手に取り山田の方へと投げやった。
思わず受け取った山田だが、直ぐ様鈴木の思いやりに気付いたのか親指を立て物凄い良い笑顔を浮かべた後、そのトランクスを持ってひょこひょことトイレへと入っていった。
そんな山田を見送った鈴木は苦笑いを浮かべた後、自身も飲み物を取りに佐藤の元へ向かった。
冷蔵庫の前では佐藤がリュックを広げ、五百ミリのコーラをこれでもかと必死に詰め込んでいて、思わず笑みがこぼれる。
「欲張りすぎだ、重くなるぞ。
コンビニや自販機は何処にでもあるんだ、二本ぐらいにしとけ」
「た、確かにであります!
それじゃコーラを二本に抑えて、後はカルピス二本とライフガードも二本持っていくでありますよー!」
と、言った意味を本当に理解しているのか怪しい佐藤を一旦放置して、鈴木も自身のリュックにコーラとサイダーとコーヒーとカフェオレを一本ずつ忍ばせた。
無料だとついつい欲張っちゃうのは人の性であろう。
そして、飲み物を選んだ二人はそのまま弁当コーナーへと入るがそこは既に手遅れみたいで、どれも賞味期限が切れているものばかりであった。
「まぁそうだわな……一見大丈夫そうにも見えるが、腹痛にでもなったら洒落にならんし、止めとくか……」
「むー、仕方ないであります……。
呑気にカップ麺とか食べてる暇もないでありますし……アイスにするであります!」
「冬にアイスでござるか……今日の日差しの強さならアリではござるな」
「確かにな、食べながらでも行けるし悪くはない」
こうしていつの間にか混ざっていた山田も合わせて三人は各々好きなアイスを選びそのままコンビニから外へ出る。
「これが噂の庶民の味方!ガリガリ君ソーダ味であります!」
「俺は高級志向、ハーゲンダッツ、クリスピーサンド!」
「拙者は、CMで見たバニラモナカジャンボ!」
と、三人はコンビニを出たところで自分のアイスを掲げて他の二人に見せびらかす。
だが、元は無料で手に入れたアイスであり選び放題だったのだ。
自分が一番食べたいやつを選んだのに他の人のを羨む訳もなく、三人はそのままいそいそと袋を開けると、がっつく様に一口パクリ。
「うまうま」
「くっ、冷たいっ。
だが、それがいい!であります!」
「うむ、間違いない旨さでござるな」
うまいうまいと、三人は久し振りに食べるアイスに舌鼓を打ちつつ、食べながら目的地への歩みを再開した。
黙々と食べ歩き、いつしか食べ終わってしまったアイスのゴミは、それを持て余した鈴木から佐藤へと無言で手渡され、思わず受け取ってしまった佐藤もそのまま自分の分もプラスして山田へと手渡した。
最終的に三人分のゴミを持ってしまった山田は批難の視線を二人へと向けるが華麗にスルーされ、仕方なしに途中にあった別のコンビニのゴミ箱へとダッシュで捨てに行く羽目になった。
ゴミを捨てた山田は二人が自分を待つ気配も見せずに既に先の方に行ってしまっているのに少し涙しつつ、またしてもダッシュして二人の後を追い掛けた。
━━━━━━…………。
そんなこんなで順調に進んだ三人の二時間に及ぶ旅路は、とうとう終着点を迎えようとしていた。
「あれだな……」
「でかい、でありますな……」
「ふむ、遠目で見てもゾンビがウジャウジャ見えるでござるよ……」
「店内BGMとかに集まってるんだろうな……」
「なるほど、であります」
「で、どうするでござる?正面は危なそうでござるよ?」
「あ?ここは勿論、裏だ。搬入口から行く。
色々運び出すのもそっちの方からが都合良いだろうし、それなら最初に安全確保しといたほうがいいだろ?」
「な、なるほどであります」
「ふむふむ、よく考えてござるな」
「それに、業者の大型トラックでも確保出来れば大物でも一気に大量に運べるだろ?」
「な……って、それは納得出来ないであります!」
「いきなり初心者がトラックを運転する気でござるのか……。
一気に不安になったでござるよ……」
「つべこべ言ってないで早く行くぞ!なるようになる!」
こうしてやたらやる気の鈴木が不安を拭いきれないという表情の佐藤と山田を無理矢理率いて、裏にあるであろう搬入口を目指して遠巻きで近付いて行くのだった。