文明レベルを上げよう、その壱。
十二月二十九日午前六時頃……。
翌朝、佐藤の余りの寝相の悪さにより蹴り起こされた鈴木と山田は、御返しとばかりに佐藤を足蹴にして蹴り起こした。
「ったく、朝から最悪な目覚めだ……今日中に寝床は別けねーとな」
「全くでござる。痛い、臭い、ヌメヌメのジェットストリームアタックでござった……」
「うぅ、小生が悪いのはわかったでありますが、あの起こし方は酷いであります…」
三人が三人とも蹴られた頬を抑えながら愚痴を漏らしつつ顔を洗いに向かう。
因みに佐藤だけは二人から蹴られた為両頬を抑えているが、自業自得な為問題なし。
靴を履いた三人は洗面所を通り過ぎ、その先にある井戸へと向かう。
手漕ぎポンプ式の井戸からそれぞれが山田から手渡されたタライへと水を汲み、それから洗面所へと戻る。
洗面所は過去に道場の門下生達が使うようにと広く作られており、蛇口も三つ並んで着いているが水道を止められているため今は飾りだ。
そんな洗面所にそれぞれが横に並び、水の入ったタライを置き顔を洗う。
特に蹴られた頬は、数日履きっぱなしでヌルッとしている靴下で蹴られた事で嫌な感触が残っており、重点的に念入りに洗った。
顔を洗いさっぱりした佐藤と鈴木は、腹を撫でながら台所へと向かう。
「あー、腹減った、昨日の夜は出すもん全部出したからなぁ」
「でありますな!出した分はまた補充しないと!」
「下品でござるよ二人とも……まぁ食材とかはないから朝はカップ麺でござるな」
そんな二人に呆れながらもタライに新たに水を汲んで来た山田がお湯を沸かす準備を始める。
それを見詰めながら自分のカップ麺だけを既に準備し椅子に座って待つ佐藤と鈴木が話を続ける。
「本当に何もない家だな……湯を沸かすのにも一苦労だ。
こんな所で一人暮らししてたのか?」
「山田氏は普段は何を食べてたのでありますか?
冷蔵庫どころか調味料とかも見当たらないでありますし、普段から料理をしてたようにも見えないであります」
「かれこれもう十年以上此処で一人でござるよ。
食事は基本、庭の畑や裏山で採れた生野菜を丸かじりしてたでござるな。
あ、固いやつは煮てたでござるよ」
釜戸の中の薪にマッチで火をつけた紙屑を近付けながら、山田は何てことはないように言う。
勿論、常識知らずの佐藤と鈴木でさえ判る程の非常識さに、二人は驚きを通り越して呆れ果てた。
「よくそれで生きてこれたでありますな……小生には到底無理であります」
「野生児だ、野生児がいるぞ。こいつは侍を装った野生児だ」
そんな二人の反応に苦笑いを返しつつ、山田は自分の分のカップ麺を用意し、沸騰したお湯をそれぞれの容器に注ぎ入れた。
「後は三分待つだけでござる」
「お腹すいたであります……」
「おい、今気付いたが、お前等しれっと俺が獲ってきたカップ麺食うなや」
「五十四……五十五……五十六……」
「カップ麺はお湯を注いでから三分で食べ終わるのが通」
「おい、せめて有り難うとか戴きますとか言え、おい」
鈴木の発言は華麗にスルーされた。
山田は鈴木から顔を逸らし三分を数え出し聞こえてない振り。
佐藤に至っては一分も経っていないのに食べ出している始末だ。
「別にいいんだけども……」
二人に無視され少し寂しそうな鈴木は、山田が丁度百八十!と数え終えたタイミングで、ちゃっかり自分も食べ出し、そして人生初のカップ麺の味に心底感動した。
「カップ麺の神様ありがとう……」
勝手に神様を創って祈りだすほどだ。
そんな鈴木の視界に入らないようにしつつ、佐藤はこっそり二つ目のカップ麺に突入しているが、トリップしていた鈴木は気付かなかったようだ。
朝食を終えお腹を満たした三人はそのまま作戦会議を始めた。
「お題は、確保しなきゃいけない物リストの作成です。
議長はこの鈴木一が勤めさせていただきます」
鈴木の宣言にパチ、パチと疎らな拍手がおきる。
「書記長は山田」
「はい、でござる」
鈴木の司会に真面目に付き合ってあげる山田、その前にはシャーペンと紙が置かれている。
そして鈴木が視線をその隣に移すと、そこには次は自分の番だと目をキラキラさせて待ち構えている佐藤の姿があった。
「さ、佐藤は……」
「はい!であります!」
「う……佐藤は、しょ、庶務長を頼む」
「はい!小生に万事任せるであります!」
((庶務でいいのかい……))
咄嗟に庶務に任命した鈴木、佐藤はそれを嬉しそうに快諾した。
別に大した意味はないおままごとのような役職決めだが、庶務とは簡単に言えば雑務仕事だ。
普通、それを嬉しそうに進んでやる人はそういないだろう。
佐藤、完全に庶務の意味を理解していないのは間違いない。
鈴木はそんなお馬鹿な佐藤の様子に内心安堵しつつ、そのまま話を進めることにした。
「取り敢えず、俺らの今後に必要な事を思い付く限り挙げていこうか。
山田はメモ宜しく」
「了解でござる」
こうして話は滞りなく進んでいった。
三人の留まることを知らない欲望という名の必要事項が次々に挙げられ、それらを山田が簡潔に書き上げていく。
そして粗方出尽くしたなって所で、それらを山田が読み上げていく。
「先ずは台所部門……冷蔵庫、電子レンジ、トースター、炊飯器、コンロ、湯沸しポット、そして食糧や調味料、各々用の食器類」
「「問題なし」」
「では、次は生活必需品部門……暖房器具、布団、衣類、洗面用具、パソコン……テレビ……ゲーム……各種同人グッズ……。
……これ最後の方は生活必需品でござるのか?」
「「問題なし」」
「ふ、ふむ。じゃ、じゃぁ最後は対ゾンビ部門……武器、防具、各種情報、そして道場周りに塀と罠……と」
「問題なし、まぁそこら辺はその都度煮詰めていけばいいだろ」
「ここいらには殆どゾンビも見掛けなかったでありますし、先ずは生活基盤を固めるであります!」
「ふむ、この近辺はベッドタウンでござるから昼間は殆どの者が都心部の方に行ってたのでござろう。
だから、当面はこれらを集めるのを優先しても問題ないでござるな」
「やってやるでありますよ!よいしょー!」
「ふふふ、欲しい物は全て手に入れるでござるよ!」
上手く話も纏まり、やる気をみせる佐藤と山田。
だが一人、冷静な鈴木は静かに爆弾を落とした。
「問題は、これら大量の物資をどう運んでくるか、だけどな……」
「「はっ」」
「俺ら引きニートが自動車の免許持ってるわけもないし、手運びになるだろうな」
「「………………」」
鈴木の発言により一瞬でお通夜のような雰囲気を醸し出す佐藤と山田。
その表情は既に諦めようとしている者の顔だった。
「ゾンビがいる中、これらを手運びで持ってくるとか正気の沙汰ではござらんな……諦めよう」
「こんなん運ぶの無理であります……軽く百回は死ねる」
そんな落差の激しい二人を見ながら鈴木はくつくつと笑う。
不気味に笑う鈴木に二人の視線が集まる中、鈴木はビシッとポーズを決めると高らかに声をあげた。
「運転出来ないのなら出来るようになればいい!
免許がなくてもモウマンタイ!
事故ろうが違反しようが取り締まるやつはもういない!
俺が!やってやる!」
ヒャッハー!と言い出しそうな勢いで鈴木がやる気をみせる。
そんな鈴木に何処か遠くを見るような視線を向けながら、佐藤と山田は小さく呟いた。
「まだ、死にたくない……」
「覚悟を決めるでござるよ……」
そんな二人の小さな呟きは、鈴木の叫びに呑まれていった。
「ヒャッハァァーーー!!!!」




