そう、ここは田舎。
三人は歩く、路地を進み、ゾンビを避け、ひたすら田舎っぽい方へと向かって歩を進める。
「田舎っぽい方へ」
「山がある方角がそれっぽいでありますな」
「ゾンビが段々と少なくなって来たでござるな」
三人は歩く、何と無く山を目指し、チラホラいるゾンビを遠巻きに、只ひたすらにそれっぽい方角へと歩を進める。
安住の地を求め、ただただ愚直に懸命に歩き続け、日は傾きとうの前に山の奥へと消え落ち、更に数時間が経っていた。
辺りは暗闇と静寂が支配する夜の時間。
そんな中、三人はとうとう求めていたベストプレイスへと辿り着いた。
それは闇夜に紛れひっそりと佇む、どこか哀愁漂う寂れたおんぼろ道場━━…。
「あ、ここ、拙者の家でござる」
「おまえんちかーい!」
山田の家だった。
鈴木の疲れ気味の突っ込みが入る中、山田はぽりぽりと頬を掻き、言い訳がましくボソボソと呟く。
「いやぁ、暗かったので全く分からなかったでござるよ」
そんな山田の発言を疲れていて余裕のない佐藤と鈴木は華麗にスルーし、ズカズカと道場の方へと歩いていく。
二人の行動に思わず出遅れた山田は叫びを上げながら追い掛けた。
「ちょ、待つでござる!あーっ!道場はそこから土足厳禁でござるよ!つか玄関!母屋の玄関はあっちでござる!」
そんな山田の必死の忠告は何とか半分聞き入れられ、靴を乱雑に脱ぎ捨てた佐藤と鈴木は道場へと上がり込んだ。
そして二人は直ぐ様広々とした道場の板張りの床の上に四肢を投げ出して寝転んだ。
「あー、しんどっ」
「もう、無理、で、あります」
リュックもウエストポーチも放り投げ、二人はこの何とも言えぬ解放感を体全体で満喫するように床を転がり回った。
そんな二人の後から靴を揃えて上がってきた山田は小さく溜め息を吐くと、呆れたように二人に話し掛ける。
「寛ぐのもいいでござるが、先ずは手に入れた食糧を整理して片付けるでござるよ」
そのどこか母親みたいな山田の発言に、佐藤と鈴木は気の抜けたような言葉を返す。
「やーだ」
「むーり」
そんな二人の発言にも山田は寛容にもう一度優しく、そして意地悪に話し掛ける。
「いらないなら拙者が全部貰ってしまうでござるよー?」
「ノォォーーーウ」
「イヤァァア」
簡単に誘導される二人、渋々と怠慢な動作で立ち上がった。
「台所はこっちから行くでござるよ。土間なので一度靴を履いて外から回っていくでござる」
「めんどい……」
「HEY、タクシー!」
「すぐ着くでござるから、ほら」
山田に急かされ、だらだらとリュックを担いだ二人は靴を履き道場の外周を廻り、裏手へと向かう。
洗面所らしき所を通りすぎ、狭めの裏口から土間へと足を踏み入れると、そこには古風な台所があった。
「ここが台所でござるよ」
自慢気に台所を紹介する山田とは裏腹に、佐藤と鈴木の表情は冴えない。
白けた表情で台所を見渡し、そして抑揚のない声で呟いた。
「肝心の冷蔵庫は…?」
その鈴木の問いに、山田は変わらず自慢気に答える。
「ないでござるよ」
思わず劇画タッチの真顔になる鈴木、今度は佐藤が恐る恐る尋ねる。
「れ、冷凍庫とかは…?」
それにも山田は変わらず自慢気に答えた。
「ないでござるよ」
瞬間、佐藤も劇画タッチの真顔となった。
暫しの沈黙の後、真顔の鈴木が質問を続ける。
「システムキッチンとかは…?」
「ないでござるよ」
「コンロとか炊飯器とか電子レンジとかも?」
「ないでござるよ?」
「…………」
「…………」
「チェンジ!!」
「チェンジなし!」
キッと睨み付けてくる鈴木の視線をさらりと流し、山田は淡々と説明しだす。
「コンロの代わりに釜戸、火の代わりに薪、水道の代わりに井戸。冷凍庫も冷凍庫も炊飯器も電子レンジもテレビも洗濯機も掃除機も何もないでござるよ?
一応電気は通ってるでござるが、電化製品は自室にあるパソコン一台のみでござる」
「「な、なななんて前時代的な……!」」
まさかの事実に心底驚きを隠せない佐藤と鈴木、思わず体全体で驚きを表現した、前時代的なリアクションである。
ニコニコとそれがどうした?とばかりの表情を浮かべている山田を尻目に、佐藤と鈴木はこそこそと作戦会議を始める。
「こ、これはやばいぞ」
「で、ありますな。早くどうにかしないと…」
「だな、優先的に電化製品を手に入れてくる必要がある」
「冷蔵庫や電子レンジ、コンロや炊飯器、それに各自個人用のパソコン等色々と必要であります」
「く、取り敢えずいつまでここに居るかは分からんが、仕方ないな、早速明日から取り掛かる必要がある」
「ブ、ラジャーであります!」
作戦会議を終え、山田の方を向き直る二人。
首を傾げて二人を見ながら待っていた山田を見返しながら佐藤と鈴木は静かに決意した。
((早く文明レベルを上げなきゃ!!))
こうして明日の方針を決めた二人は、無言でリュックを下ろすとその中に入っている既に溶けていて手遅れな感じの冷凍食品と、段々と危ない色に近付いている生肉を取り出し、山田へと手渡した。
「今日のところは任せる!」
「盛大にやってほしいであります!」
思わず受け取った山田は、溜め息を吐きつつ了承した。
「どうなっても知らないでござるよ?」
「覚悟はできている!」
「どんとこいであります!」
こうして山田をメインコックに薪で火を起こすことから始まった男料理は、何故か台所にあった数年間使われてなかったであろう古びた中華鍋で腐りかけの生肉を大量に炒め、そこに溶けた冷凍食品であるパスタや炒飯等を投入して更に炒めるという謎の男気溢れる料理に仕上がった。
因みに調味料は使っておらず、全て素材等の味を活かした調理がなされている。
「「「ゴクリ…………い、いただきます」」」
最早何が入ってるかも見た目からは分からない、そんな混沌とした男料理、真っ黒いナニカ。
それを三人は顔を見合わせながら恐る恐る口に運び、そして意外に思ってたよりもイケる味に拍子抜けした。
所々生焼けだったり焦げてて苦かったりもあったが、何とか食べられるその味に、三人は空腹だったこともあり全てを勢いのままに食べきった。
食後、満足そうにお腹を撫でる彼等だが、後に彼等を怒濤の腹痛ラッシュが襲う。
腐った肉を生焼けで食べていたのだ、当たり前である。
━━━━━…………
「あぁ……酷い目にあった……腐った肉恐るべし」
「全くであります……つか山田氏だけなんともないとかズルいでありますよ」
「ふふふ、常日頃から鍛えてござるからな」
「「腹を?!」」
「う、うむ」
佐藤と鈴木による怒濤の腹痛ラッシュ、土間から外に出た所にある昔ながらの和式トイレに入れ替わり立ち替わりに二人は駆け込んだ。
それから暫くして漸く落ち着いた二人と山田は、そんな会話をしながら土間に直にセットされていた木製テーブル&椅子から各々立ち上がり、残りの缶詰やカップ麺等を戸棚に詰め込むと揃って道場へと戻る。
「あー、疲れた、もう寝るぞ」
「で、ありますな!山田氏!お布団二人前!」
「ないでござるよ?」
「「えっ、えぇぇー?!」」
真冬の夜中に広々とした隙間だらけの木製板張りの道場で暖房器具も布団も無しで寝る、これは死ねる。
二人は自分だけ布団がある自室で寝ようとしている山田の自室へと押し掛けその部屋を占拠した。
「せ、狭いでござる…」
「文句言うな、寝ろ」
「く、臭い…………ぐふっ」
狭い室内で敷き布団掛け布団を畳の上に広げ、タオルを被って三人は雑魚寝した。
窓を締め切っている密閉空間。そんな中に、長い間風呂に入っていない着の身着のままのおっさんが三人……。
充満しているだろう臭いは脳内補完でご想像下さい。
こうして三人揃っての最初の一日は無事に幕を閉じた。




