それな。
「さて、どうしようか」
そんな呟きが静かに路地に響く。
三人はそれからただお互いに無言で顔を見合わせるだけで誰も動こうとはしなかった。
彼等はこれからの方針を全く考えていなかったのだ。
安全で快適な場所にいるという甘い環境が、引きニートであった彼等の思考を楽な方へと誘導していた。
"面倒な事は後回し"
"明日から本気だす"
そんな怠惰な思考が彼等の中に芽生え、"今は疲れてるから、今後の事は後でいいだろ"……と、厳しく辛い現実から暫し目を背けてしまっていた。
彼等は自分自身にすこぶる甘い、その結果が引きニート生活であり、今のこの状況でもあるのだ。
だからこその状況、誰かいい案出せよと無言で牽制しあう三人。
だがこんな事してては埒が明かないと思ったのか、最年長である鈴木が渋々声を上げた。
「……あー、なんだ、なんかない?オススメの場所とか…?」
「「…………」」
鈴木の問いに無言で視線を反らす佐藤と山田。
その横顔には引きヒートにそんな事聞くなとありありと書かれていた。
鈴木は軽く溜め息を吐くと、諦めて直ぐに問いを変える。
「じゃ、じゃぁあれだ。
こういう状況でのテンプレの行動と言えば?」
この問いには真面目に考える仕草をする二人。
そして各々がすぐにこれだ!という表情で自信満々に答えた。
「こ、こんな所になんかいられるかよ!と、走り出すであります」
「い、行くならお前らだけで行けよ!と、留まるでござる」
ちょっとドヤ顔でそう言い切る二人に鈴木は少しイラッとし、流れるような足捌きで鋭いミドルキックをそれぞれにお見舞いする。
「どっちも死亡フラグだからな!確かにお前ら真っ先に死にそうな見た目してるけども!そういう事じゃない!」
「ひ、ひどい」
「じょ、冗談でござるのに…」
「死亡フラグは一人で建てろ」
二人のボケは直ぐに文字通り一蹴された。
余談も許さない鈴木の剣幕に、二人は腹を抑え少し苦しみながらも今度こそはと真面目に答える。
「ゾンビ物と言えば、ショッピングモールや学校に立て籠る、とかでありますか?」
「または警察署や軍の基地や駐屯所を目指すというのもあるでござるな」
「まぁ、それらが妥当なとこだろうな……でもなぁ…うーむ」
腕を組み眉間に皺を寄せて唸る鈴木、そんな彼の姿に佐藤と山田は首を傾げて尋ねた。
「どうしたであります?」
「何か気になる事でもござるのか?」
「んー、ちょっと引っ掛かる事があってな……」
「「??」」
腕を組み、指で顎を摘まみ、考えるポーズで唸る鈴木。
佐藤と山田もよく分からないが鈴木の真似をして考えるポーズをし、一応悩んでる振りをする。
だが結局答えが出なかったのか、鈴木は一人で考えるのを止めて二人に問い掛けた。
「今の状況と、ゾンビ映画やアニメ……何か違うとすれば何だと思う?真っ先に思い浮かんだ事を言ってみてくれ」
鈴木のその問いに対し、先に佐藤が素直に思ったことを口にする。
「メインヒロインがいないであります」
「違う!確かにそうだけども違う!そうじゃない!」
鈴木が思っている違和感とは違うらしい、次に山田が口に出す。
「イケメン………主人公がいないでござる」
「違う!いや、違わないけど違う!そういう事じゃない!」
これも違うようだ、佐藤と山田は交互に続ける。
「おなのこがいない!」
「さっきと変わらん!」
「ようじょようじょ!」
「氏ね!」
「生き残りがオッサンばかり!」
「くっ!ち、違う!」
「生き残りが引きニートばかり!」
「おまっ!ち、違、ん?いや、ち、近い?!」
山田の発言、これは惜しいようだ。
鈴木が一瞬目を見開いたが、それでも出てこなかったようで段々と眉間に皺が寄っていく。
そこで佐藤が閃いたとばかりにポーズをとって発言する。
「逆に言えば、引きニート以外生き残りがいない!」
「そ、それだ!」
天啓を得たとばかりに鈴木の表情が輝く。
だが、発言した当の本人と山田は理解できていないようで首を傾げた。
「で、それがどうしたであります?」
「どういう事か皆目見当もつかんでござるよ」
疑問符を浮かべる二人に、鈴木は真面目な表情で指を折って説明を始めた。
「まず一つ、さっき山田が言ったように俺らのような奴しか生き残りを見掛けないって事。
ネット上では今も元気に四六時中活動してる奴等がいる、そいつらは十中八九引きニートだろう」
「ほむほむ」
「まぁそうでござるな。
拙者もそうでござったし」
「そして佐藤が言った"引きニート以外生き残りがいない"って事。
それは即ち感染したのは"日常的に外を出歩いていた奴等"って事だ」
「ほ、ほむほむ」
「まぁ外で生き残りを全く見ていない以上、その可能性は高いでござるな」
「そして重要なのは、その感染が爆発的速さで拡がったって事」
「ほむほむ……?」
「ふむ、その考えに至った根拠も?」
そこで鈴木は腕を組み、二人の顔を交互に見詰め、より真剣な表情で話を続ける。
「勿論ある。
それは、この事がネットやニュースで殆ど騒がれなかったって事だ」
「ほむ、ほむ……?」
「成る程、確かに……そうでござるな。
SNSやネットニュースにはそんな話題は挙がってなかったでござる」
鈴木の発言に直ぐに理解に至った山田が頷く。
佐藤も二人の様子を見て分かったような素振りで頷いているが、終始頭の上に疑問符が浮いたままなので、理解はしていないのだろう。
「外を出歩いていた奴等に感染する空気媒体か何かのウイルス……細菌兵器か何かによる一時的なパンデミック。
そして感染すれば即時的にゾンビ化、それが今考えられる範囲で妥当なとこだろ」
「ふむ、それであながち間違いではないでござろうなぁ。
手段はともあれ、外に居た皆がほぼ同時にゾンビ化したともなれば、一般ピーポーが騒ぐ暇もなかったでござろう」
「…………で、ありますな」
神妙な表情で頷く二人と、分かってないけど頷く一人。
そして、鈴木は二人を見渡すと結論に至った。
「と、いうことはだ。
日常的に人が集まってた場所は危険だろって事。
昼間人が出歩いてた所に、今はゾンビがいる筈だ」
その簡潔な言葉に山田は勿論の事、漸く理解できた佐藤も力強く頷いた。
「ショッピングモールとか学校は既にゾンビがうじゃうじゃ居そうでござるな」
「警察署や軍の基地とかも恐いであります。
マッチョゾンビとかいたら洒落にならないでありますよ」
「確かに、それは色んな意味で恐ろしい…。
それに使う知恵はないだろうが、武器とか持ってる奴も居るだろうし何かと危険だ」
「「「うーむ……」」」
推測出来る現状に思わず唸る三人。
そして暫しの作戦会議の末、ある方針に行き着いた。
「田舎に行こう」
こうして三人は安住の地を求め、田舎っぽい方へと歩き出す。
「インターネット完備は基本でござる」
「近くに色々店があるといいであります」
「それな」
訂正、そこそこ田舎っぽい所を目指して歩き出した。




