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三位一体!

 


 後ろから先程の男──山田が追い掛けて来たのをチラ見して確認した二人は、既に体力が限界なのもあり突拍子もない行動に出た。


 二人は速度を緩め一旦立ち止まると、まるで示し合わせたかのように同時に買い物カートの左右にしがみ付いた。

 カートの左側に乗った鈴木が声を張り上げる。



「はぁはぁ……話が聞きたいなら、はぁ、取り敢えず、これを押せ!じゃなくて、押して!くれ!」



 カートの右側にしがみつく佐藤もそれに合わせるように声を張り上げる。



「ぶふぅ……き、緊急事態でありますよ!と、取り敢えず、押すしかない、でありますよ!」



 初対面の相手にいきなりのこの要求である。

 そんな身勝手なおっさん二人が懸命にしがみつく暑苦しい買い物カートに山田は辿り着いてしまった。

 取り敢えず意味がわからず困惑していた山田だが、その二人の鬼気迫る感じに急かされるようにカートを押して走り出した。



「な、なんでござるかこれ?!

 どういう展開でござるよ!??」


「はぁはぁ……いいから、いいから……ふぅ……そのまま、押して」


「ぶひ……先ずは、息を、ぶふぅ、整えるで、あります」



 と、カートの上で一息吐く佐藤と鈴木、一先ず作戦成功だとほくそ笑んだ。

 現状に理解が追い付いていないけれど、取り敢えず懸命にカートを押してくれる山田。

 佐藤と鈴木の二人が息を整える間、山田はやたら重いそのカートを押して走り続けた。


 幸い道路は綺麗に舗装されておりカートの小さいタイヤでも引っ掛かることなくスムーズに走ってくれた。

 それに大荷物を抱える鈴木と、ぽっちゃりした佐藤の重さが奇跡的に左右のバランスを取って安定した走りを可能にしていた。

 だがオッサン三人が密集して走る買い物カート、何とも醜い絵面である。



「ふっ、ふっ……それで、そろそろ、いいで、ござる、かな?」



 佐藤と鈴木の呼吸が整い始めた頃、それまで黙って走り続けていた山田が落ち着いた口調で優しく二人に語り掛けた。

 こんな理不尽な扱いを受けても紳士的な対応をされたことに、佐藤と鈴木は少々居たたまれなくなった。



「なんか、すまん……」


「助かったであります……」


「ふぅふぅ……いいで、ござるよ。

 ふぅふぅ……困った時は、お互い様、でござるよ」



 お世辞にも格好いいとは言えないが、そこはかとなく愛嬌のある優しく不器用な笑顔で何ともないようにそう返してくる山田に、益々居心地が悪くなった佐藤と鈴木。

 だが、それでも二人はカートから降りる気配を微塵も見せなかった。

 この二人、心臓に毛が生えているに違いない。



「それで……ふぅふぅ……どういった、事情でござるかな?」



 山田の質問にどこから答えようか、どう答えようか言葉に詰まる二人。

 どうやら山田の反応を見るにゾンビに会うのも初見のようだ。

 それなら話せば長くなるし、走りながらでは聞く方も大変だろう。

 それにこのままでは居心地も悪いし。


 鈴木がチラリと追ってくるゾンビの方を見ればいつの間にか大分距離を稼いでいた、山田はこう見えて中々の健脚のようだ。

 ここまで引き離せば、音を出さずに身を隠していればゾンビを撒く事も可能だろう。

 その考えに至った鈴木は視線を巡らせ、進行方向に丁度お(アツラ)えの建物を発見した。



「と、取り敢えず、そこのファミレスに退避だ!」



 鈴木の急な発言にも山田は素直に従い、カートが倒れないように上手く操りファミレスの扉の前に綺麗に停止した。



「鍵も開いてるであります!」


「よし、急いで中に!」



 カートから飛び降りた鈴木と佐藤はすぐに施錠の有無を確認し、そのまま扉を開けて山田が押すカートを中に招き入れた。

 中に入ると直ぐさま鍵を掛け、少し奥に入ってソファーの影へと身を隠す。


 ソファーの影から三つの頭が顔を出し、道路側に面した広い透明なガラス越しにゾンビの大群が通り過ぎていくのを息を潜めて見送った。

 最後のおじいちゃんゾンビが一体よたよたと通り過ぎていくのを見届けると、三人は直ぐに床に倒れ込んだ。


 あれだけ重いカートを押して走ってくれた山田も息を切らしており深呼吸を繰り返している。

 佐藤も疲れたようでグッタリだ。


 だがそんな二人を尻目に、既に息を整えていた鈴木は徐に立ち上がると、つかつかと店の中を歩いていく。


 何やらゴソゴソガチャガチャやっている音が聞こえ、暫くすると寝転がる佐藤と山田の所へ戻ってきた。

 そして二人の頬に何やら冷たい感触が押し当てられる。


 驚くほど冷たく、それでいて濡れているその感触にビクッと反応したと二人が顔を上げてみれば、ニヒルに口角を上げた鈴木が二つの飲み物が入ったコップを突き出してこう言った。



「お疲れさん。俺の奢りだ、遠慮せず飲みな」



 手渡された飲み物に、二人は素直に「ありがとうであります!」「かたじけない!」とキラキラとした尊敬の眼差しを浮かべ礼をして、一気に飲み干した。


 ぷはーっと豪快に飲み干す二人を、鈴木は静かに観察した。

 じーっと二人を窺うその視線に、流石に気付いた佐藤は首を傾げた。



「どうしたで、あります?」


「いや……何ともないか?……変な味がするとか……どこか具合が悪くなったりとか?」


「んー?よく冷えていて美味しいでありますよ?」


「そうか、それならいい。

 飲み物はまだまだあるから、好きに飲めよ」



 そうやり取りした鈴木は小さく誰にも聞こえないように「飲んでも大丈夫そうだな」と呟き、自身の飲み物を注ぎにドリンクバーへと向かった。

 この男、飲めるかどうかを二人に先に飲ませて判断したのだ。

 まさしくゲスである。


 幸い、本当に何もなかった佐藤と山田は、鈴木のそんな考えに気付きもせずに嬉しそうに鈴木の後に続いた。


 序でに言っておくとすれば人体実験をした上に、自分の奢りだと言い張った鈴木の言葉、これも二人は信じて恩にきっていた。

 勿論奢りも何も無断で飲んでいるわけだが、ドリンクバーの仕組み処か存在事態を知らないニートには言ったもん勝ちであった。



「取り敢えず、各自飲み物注いだら自己紹介だな」


「そうでありますな」


「漸くでござるか。

 聞きたい事山の如し、でござるよ」



 各々好きな飲み物を注ぎ終わった三人はテーブルにつき、話し合いは始まった。





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