ここで死ぬ運命ではないと。
「あー、もうステンレス弾が半分もないぞ」
ウエストポーチに入れた袋の中身を確認しながら鈴木はそう溢す。
別に本人は何とも思っていないでの何気無い発言だったが、隣に座っていた佐藤はビクリと反応し、申し訳なさそうに眉尻を下げチラチラと鈴木を見ている。
どう切り出していいか躊躇してるようなその行動に、横目でちらりと見て直ぐに勘付いた鈴木は、居心地が悪そうに頬を掻きつつ恥ずかしげに言葉を続けた。
「べ、別にお前を責めてる訳じゃねぇよ。
んん、まぁ……あれだ……ぶ、無事で何よりだ……。
こ、今度はヘマするんじゃねぇぞ」
また格好つけ過ぎたかなっと自覚しつつ頬を僅かに染めてそう話す鈴木に、佐藤はパッと満面の笑みを浮かべた。
「や、やはり、鈴木氏はカッコいいであります!
助けていただき、感謝であります!」
「は、はん!お、男にそんな事言われても!ぜ、全然嬉しくねぇし!そそそれが俺の仕事だっただけだし!だから感謝もいらねぇし!つか、別に……」
と、顔を逸らしてそう言い続ける鈴木に、佐藤はより笑顔を深めて呟いた。
「おっさんのツンデレは需要ないでありますよ?」
「う、うっせーし!
ほら、もう行くぞ!ゾンビがまたバラける前に!」
「ふふ、了解でありますよー」
ニコニコプンプン言い合いながら二人は立ち上がる。
リュックを背負い、手に袋を持った鈴木は「俺が先に様子を見てくる、合図したら来い」と言い残し、こそこそと通りに近付き辺りを探る。
計画通りゾンビはマンション入り口に殺到しているようで、一番近い奴でも十メートル程離れている。
これはチャンスだと後ろ手に"来い"と合図を送る。
そして、直ぐに鈴木の耳に絶望の音が聞こえ始めた。
ガラガラガラガラ……
と、最近聞き覚えのある、そして良い思い出がない、辺りによく響く異音。
その現在進行形で軽快に近付いてくる異音に「あんのばかやろぉ」と後ろを振り向けば、そこには全く悪気も感じていない顔で買い物カートを押してくる佐藤の姿があった。
思わず天を仰ぎたくなるような状況だが、そんな悠長な事はしていられない。
鈴木は直ぐ様器用に小声で叫んだ。
「あほ!カートは置いてこいよ!音をたてるな!」
だがカートの音に遮られ佐藤の耳には届かない。
鈴木が何を言っているのか理解できない佐藤は呑気に大声で聞き返した。
「えー?何言ってるでありますかー?もっと大きな声で言ってくれないと聞こえないでありますよー?」
確かに佐藤の声は鈴木の耳によく届いた。
人に届くような声量で喋るのは確かに大切な事だ、だがそれがこの状況で意味することはもう一つある。
ぎぎぎと錆びたブリキのような動きでマンションの出入口がある方を向けば、そこには案の定こちらを向いているゾンビの群れの姿があった。
ああ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……
あぁ確かによく聞こえる、獲物を発見して嬉しそうなゾンビの呻き声が。
相手に意思を伝えるのは大切だよねと、少し現実逃避気味の鈴木の横に佐藤が到着する。
全く何も気付いてない様子の佐藤の尻を少々強目に蹴った鈴木は短く「走るぞ」と言い残し、先に通りの左側に向けて走り出した。
何故蹴られたのか理解できてない鈴木はお尻を撫でつつ、何か不穏な空気を感じて右方向を見てみれば、そこには丁度こちらへ向かって歩き出したゾンビの群れの姿が。
「ほあっ!ほあああああああああ!?」
その光景に思わず変な奇声を上げた佐藤は急いでカートの向きを変えると、鈴木の背中を目掛けて追走した。
その佐藤の奇声に更なるゾンビが気付き振り向いたのは既にお決まりになりつつある。
「な、なんで!ゾンビに、見付かったであります!?」
「お前の大声と!カートの音のせいだ!ボケぇぇ!
何故カートを!置いてこなかった!?」
「だって!カートがないと!荷物が運べないで!ありますよぉ!」
「ちっ!疫病神か、お前は!」
「ひ、酷いであります!」
と暫く激しく言い合いながら走っていた二人だが、直ぐに余裕もなくなり言い争いをやめて走るのに集中しだした。
幸い進行方向には全くゾンビの姿は見当たらず、障害物もない走りやすい通りが真っ直ぐ続くのみ。
だがそれは後ろから追い掛けてくるゾンビにも言えることらしく通りを埋め尽くす程のゾンビが二人を真っ直ぐ捉えて離さない。
未だに付かず離れずの微妙な距離を維持しつつ、後は二人の体力が切れるのを待つばかりの最悪な状況であった。
「く……はぁはぁ……マジ……ヤバたん……はぁはぁ」
「ぶひぃ……ふひ……それ……ぶひ……死語……ぶふ……で、あります……ふは」
そんな既に限界な様子の二人の前方に、フラフラと歩いてくる人影の姿が目に写った。
「……ぞ、ぞんび?」
「……ぶひ」
ゾンビかどうかも判らないままどうすることも出来ずに近寄って行かざるを得ない二人。
そんな中、前方の人影の方から先に声が上がった。
「あ……人、でござる。
…………ん?何事?
駅伝か何かの催しでごさるのか?」
流暢に淀みなく話される日本語、明らかに知識ある生き物の発言、どうやら生きている人間のようだと二人は認識。
そしてその瞬間、佐藤と鈴木の瞳が妖しく輝いた。
二人はお互いにアイコンタクトを送り合うと前方の男の質問に対し無言を貫き、そのまま男の横を通り走り過ぎて行く。
やたら上背があり、ヒョロっとした雰囲気の男。
そんな男の様子を横目で見流しつつある程度通り過ぎた辺りで鈴木は叫んだ。
「に、逃げないと!……食われるぞい!」
「ぞい(笑)……ぶふぅ」
男は通り過ぎていった二人の姿を目で追いつつ、更に先程の発言に対して首を傾げた。
だが突如背筋に走った悪寒と、耳に届く何者かの呻き声に先程までの進行方向に急いで振り返り見れば、そこにはこの世に在らざるもの達の行進する姿があった。
老若男女多種多様な人の姿、だがそれらは見るからにおかしいのだ。
眼球がない人がいる、髪が頭皮ごとない人がいる、皮膚が腐り垂れ落ちている人がいる。
一瞬何かの仮装行列かとも思ったが、その集団が近付いてくるにつれ辺りに立ち込めてくる鼻を突くような腐敗臭がその考えを直ぐに否定する。
どう考えても人の姿をした人為らざる者達。
そしてその考えに行き着いた時、先程の男が言っていた言葉が脳裏を過る。
"食われるぞい"
「食われる、ぞい…………ぶふっ!」
思い出し、少し噴き出してしまったが今はそんな段ではないと、男は直ぐ様気を取り直し数メートル先を駆けて逃げていく先程の男達の背中を追い掛けた。
「状況の説明を要求するでござるよー!」
男──山田十兵衛はこうしてゾンビとの追い掛けっこに巻き込まれた。
これで漸く最後の主人公が物語へと交わったのだ。




