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19/61

遂に再登場、山田発進。

 


 十二月二十八日二十三時頃……。




「な、なななな、何故(ナニユエ)でござる!!

 な何故にこのような事に!!!!」



 静かな郊外の更に山奥、幽霊が出そうな程のおんぼろ道場を震撼させる程の怒声が辺りに響き渡った。

 その声の発生源はパソコンのデスクトップに両腕で組み付き、画面に突っ込みそうな勢いで身を乗り出していた。


 事の発端(ホッタン)は、この声の発生源である山田十兵衛が毎週楽しみにしているアニメにある。


 それの放送が今夜であった為、リアルタイムで見るべくテレビ放送も見れるようにしてあるノートパソコンの前でお利口に正座して待っていた山田だが、いくら待てどもその放送が始まることはなかったのだ。


 当たり前である、世界は既に崩壊し、放送局等が正常に運営出来ているわけがない。

 現に他のチャンネルもモノクロの砂嵐のような画面のまま、何も映していないのだから。



 勿論、世界が崩壊しているなど思ってもいない山田は楽しみにしていたアニメが見れずに荒れに荒れた。


 子供のように手足をバタバタとさせ、やり場のない怒りを体全体で表現して暴れまわる。

 暫くして落ち着くもどうしてもアニメを見たい衝動を抑えきれない山田は、取り敢えずどうして見れないのかをパソコンで調べだした。

 だが公式サイトには何の情報も更新されておらず、他に目ぼしい情報も見付からなかった。

 考えに考えて、そして山田は一つの考えに行き着いた。




「この間のえぬ、えぬけー?えぬ……なんたらの訪問者でござるか!」



 それは一週間程前に訪れたスーツ姿の男の事。

 テレビがあるなら金を払えと、テレビを見てなくても金を払えと迫ってきた謎の男だ。


「テレビなんて家にはない」と言っても「そんな家このご時世にあるか」と食い下がってきて、結局は家に押し入られ、部屋を確認され、本当にテレビがなかったので渋々帰って行った男がいたのだ。


 その時は田舎者だと思って侮りおって詐欺者め!と思っていた山田だが、今思えばあの時お金を払わなかったから現にこうしてアニメを見れなくなったのではないかと思い始めていた。



「こ、これはヤバいでござる……早くお金を払わないとアニメが見れない、死活問題でござるよ!」



 と、山田は思い立つと即行動に移した。



「むーんぷりずむぱわ~めいくあっぷ!」と叫びながら古い茶箪笥を開け、先程まで履いていたブリーフを徐に脱ぎ捨て新しいブリーフに履き替えた。

 別の引き出しからは少しガバガバになったがいい感じに色褪せた青いジーンズを取り出すと直ぐに履き革のベルトで締め上げる。

 更に別の引き出しから取り出したのは赤色のトーンオントーンチェック柄の少し厚手のシャツと黒い長袖シャツ、それとヒートなテックの長袖の下着を取り出した。

 部屋着で着ていたよれよれの白いタンクトップを脱ぎ捨て、ヒートな下着と黒の長袖のシャツを着、その上から赤色のチェック柄のシャツを羽織ってボタンをある程度閉じた。


 窓の外に目を向ける、真冬の真夜中の外は真っ黒だ。

 このままでは寒いだろうなと隣の古い木製クローゼットからファー付きのダウンベストを取り出しそれも羽織った。

 ジャケットじゃなく、ベストなのは山田のこだわり。

 昔から日常的に刀を振るっていた為に、腕周りをなるべく自由にし動かしやすくしてないと落ち着かないためだ。


 これらはまだ両親や妹が居たときに買った、昔着てた品々。

 あまり外に出歩かない為そんなに着古されてはいないので見た目は酷くはなく、そこはかとなくお洒落にも見える。



 取り敢えず着替え終わった山田は、自身の体温で暖まっていた部屋を後にし、真冬の寒さで冷えきったおんぼろ木造の家内を洗面台へと移動する。

 古臭い木造の廊下をギシギシと軋ませながら歩いていき、土間に降りる為下駄を履き、釜戸などがある台所を通り裏手へと廻る。

 お風呂場の手前、すのこが並ぶ脱衣所の所に洗面台はある。


 コンクリートとタイル張りで出来た流し場に、古臭い四角く大きな鏡。

 天井から垂れる白熱灯の電球のスイッチを入れ明かりを灯し、其処で山田は久方ぶりに自身の顔をまじまじと見詰めた。



 記憶に残る父親に似た冴えない面影は今は少し頬が欠け、山田が以前鏡を見たときより更に痩せていた。

 ちゃんと栄養を取っていなかったせいか肌は荒れ、更には頭部も少し心許なくなったように感じる。

 不規則な生活のためか目の下には隈が出来ており疲れを感じさせる目元と昔よりはっきりとしてきた皺も相まって、歳を取ったんだなと山田は少し感慨に更けた。



 はぁ……と思わず溜め息を吐いた山田だが、ふと自分の目的を思い出し、気合いを入れるために自身の両頬を両手で叩いた。


 こうしてはいられないと、井戸から注いでおいた龜からタライに水を汲み、顔を洗い口を(ユス)ぎ、近くの棚に置いてあるタオルで濡れた顔をふごふごと拭いた。

 更にそのままタオルを濡らして髪を拭き上げ、少し湿っている髪を軽く後ろに撫で付ける。

 その際自身の髪がやはり薄くなっている事態をまざまざと見せ付けられて少し溜め息を漏らすが今は目的を優先させた。


 今一度鏡を確認し、髭は元々薄いため剃らないでいいと判断し、眉は芋虫のような形をしているが別段問題ないとそのままにした。

 最後にニッと歯を出して確認し、目立つ食べ滓等もないみたいなので満足そうに一度頷いた。


 身嗜みを整え、部屋に戻った佐藤は"えぬなんとか"の場所を調べる際、なんとか正確な会社名を思い出し、その会社を検索し地図を出した。

 ここでは敢えてその正確な会社名は伏せておく。


 そうして地図を頭に叩き込んだ山田は、靴下を履き、黒のニット帽を被り、玄関にあった某有名ブランドのスニーカーを履き、玄関前に立つ。


 お金が入ったガマ口と携帯電話をベストのポケットに入れ、お腹を満たすために台所から持ってきた人参を生のままかじる。



 外は真夜中なので真っ黒、だが山田はそんな事御構い無しに玄関の扉に手を掛けた。



「一刻も早くお金を払い、一刻も早くアニメを見たいでござる」



 ただその一心で山田は外の世界への一歩を踏み出した。


 お金を払ってもアニメが見れるわけではないし、そもそも"えぬなんとか"にテレビを止める力などないのだが、そんな事山田は知る由もない。



「何か手土産みたいな物もあった方がいいでござるかな?」



 と、どうでもいいことを呟きながら玄関の扉を開け、最初の一歩を踏み出した。

 理由はどうあれ、この一歩こそが始まりだ。


 こうして最後の主人公の物語も動き出したのだ。







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